3.面影と幽霊
そんなこんなで無事、婚約式の日を迎えることとなった。
場所はラザフォード家の中庭で、エステル様が張り切りに張り切った結果、それはそれは盛大に行われることになった。
飾り立てられた会場の中心、一番よく見えるところに私はクリスと並んで座ることになる。
「大丈夫、かな」
タキシードは結局ローランさんの勧めのままに、あのブルーとゴールドの組み合わせたものにした。何せこちらは“白銀の貴公子”。今日も完璧な仕上がりである。
ちらり、と隣を見ればきらきらと銀の光を纏った男が返す。
「なに、今更帰りたいとか言わないでくれる?」
さすがにそんなことは、言わないけれど。私が押し黙ると、何かを察したようにクリスが手を伸ばしてきた。
私のドレスは、クリスが選んだミントグリーンのもの。あとは、互いの意匠を揃える様に少しリボンやフリルを手直しした。
そこまで格調高い式、ということでもない。 髪は編みおろしにして、会場となる庭の雰囲気に合わせていくつか花を付けてもらった。これはエステル様のアイディアで、侯爵家の侍女のみなさんは今日もやる気満々で私の身支度をしてくれた。
「大丈夫」
花の位置を直しながら大きな手は私の頭を撫でる。切れ長の青い目は僅かに細められる。
「あんたは、きれいだよ」
「へっ」
そんな風に微笑まれると、途端に息の仕方が分からなくなる。ずっと昔から、私はこの人の傍にいたのに。
「なので、前にも言ったけどもう少しとっつきにくい顔をして」
これは前に一緒に夜会に出た時にもたしなめられたことがある。
夜会は出会いの場だから、そんな風に言われるのも分かる。けれど今日は婚約式なのだ。今更そんなことを気にすることもないと思うのだけれど。
「いいから。これは絶対だ」
私が首を傾げても、クリスは不機嫌そうにするだけで何も教えてはくれなかった。
婚約式は、結婚式と違ってそこまで決まった流れがあるわけではない。
式がはじまれば、まず最初に私とクリスは婚約証明書にサインをする。それを招待客のみんなに見届けてもらうのだ。
あとは、順番に席にやってくる招待客に二人で挨拶をする。
私が社交に疎いことをよく知っているクリスは、進んで話をする役を買って出てくれる。私はせいぜい「はじめまして、キャロラインです」と言ってお辞儀をするくらいなものだ。
もっとも、これは私達に限った話ではないけれど。妻に課される役目の大半は、夫となる者の少し後ろで笑っていることだ。
次に、私達の前にやって来たのは三人の青年達だった。多分どこかの令息達だろう。年の頃はクリスと同じか、もう少し上くらい。私よりは下かも。
そこで、実ににこやかにスマートに万事を進めていたクリスの顔が分かりやすく曇った。
「何しに来たの」
銀色のふわふわは一気に棘のようになって放たれる。真ん中の彼がにやりと意地悪く笑った。背が高くて全体的にがっしりした体つきの人だ。
「何ってお前のツラ拝みに来たんだろ、キット」
その呼び方は。怪訝に思う私を尻目に、クリスはそれを受け止めて更に凄絶な笑みで返す。
「そう。それはどうもありがとう。お帰りはあちらから」
周りの温度が二度下がる。今にも掴みかからんといった雰囲気だ。これは、多分よくない。
「は、はじめまして。私、キャロラインと申します。本日はお日柄もよく」
切れ長の目がきっ、と咎めるように私を見遣る。「キャロ、こいつらに挨拶なんかしなくていい」
いやでも招待客の方なのだから、そういうこともないでしょうに。
「きゃ、キャロライン!?」
青年の声が裏返る。そのまま彼はまじまじと、頭の先から爪先まで私を見つめた。両隣の彼らも不思議そうに私を見つめてくる。
「うわ、ちゃんと可愛い」
「本当にいたんだ……」
「本当に、いた?」
つまり私は幽霊か何かだと思われている、ということだろうか?
「ちょっと、勝手に見ないでくれる? おれのキャロが減る」
クリスは一歩前に出て、まるで私を隠すかのように腕を広げた。でも、減るということはないと思うんだけど。
「おい、器が小さい男は嫌われるぞ、キット」
頭の中ではてなが広がりはじめたところで、別の青年が二人割り込んで来た。
「ご婚約おめでとうございます。ぼくらはクリストファー君の貴族学校の同級生でして。ユーイン=エルズバーグと申します」
ああ、そういうことか。彼らはみんな学生時代からの知り合いなのだ。
「いやーこんなきれいな方と結婚出来るだなんて、クリスは幸せだな! ぼくも羨ましくなっちゃうな。ね、カイル」
ユーインと名乗った彼は全体的に線が細い感じだ。真面目そうな顔立ちに、丸い眼鏡を掛けている。
「おう! 俺はすっごい羨ましいぞ」
カイルと言われた彼は大柄で豪快にガハハと笑った。
「ああ、ありがとう。ユーイン、カイル」
この二人とはきっと仲が良かったのだと思う。少しだけ、返事をするクリスの雰囲気が柔らかくなった。
「また後でご挨拶に来ますね。グレッグ、ほら、行くよ」
ユーイン君に押し出されるようにして、五人の青年達が歩いてく。
「またな、クリス!」
最後にひらひらとカイル君が手を振っているのが見えたけれど、私はどうすればいいのか分からなかった。
式は盛り上がっている。あちらこちらで会話に花が咲いて、私達のところにもひっきりなしに招待客がやって来る。
その合間を縫って、クリスはぼそりと言った。形のいい額に、はらりと一房だけ銀髪が落ちる。
「あいつらは……学校の同級生で」
「うん」
「おれはあんまり、呼びたくはなかったんだけど」
そうもいかないというのは、色々教えてもらったからよく分かる。例えば、あのグレッグ君は、ラザフォード家と同じ侯爵家のはずだ。クリスの好き嫌いに関わらず、家格を無視して招待客を選ぶことはできない。
けれど一番気になっていることは、それじゃない。
どうして、クリスは“キット”と呼ばれていたのだろう。それは私と彼しか知らない文通名のはずなのに。
それを聞こうと思ったのに、もう一度、三人の青年達がやって来る。
さしずめグレッグ君とその取り巻き、といったところだろうか。




