1.婚約式なるもの
婚約式、というものがある。
文字通り、婚約が成ったことを披露する場だ。その後には正式に夫婦となる結婚式が控えているわけだけれど、結婚式がごく身内だけで行われるのに対して、婚約式は大々的に開かれることが多い。
あの家とこの家が結婚するのだとそこで初めて知ることもある。
なので、近頃では結婚式よりも婚約式の方を派手にすることも多々あるらしい。
ということで晴れて婚約者となった私とクリスも婚約式をすることになったのだけれど……。
ここは、ドーレブール一と名高い仕立て屋『ノワール』の一室だ。
「だから、母上は黙っていてください。というかなんで母上までついてきたんですか? キャロのドレスはおれが選びます」
「なによ。少しぐらい口出してもいいじゃない。まったく、一人で産まれてきたみたいな顔しちゃって。わたしの方があなたよりキャロとの付き合いは長いのよ!」
洗練されたこの部屋の設えに反して、二人が揉めている。
「だいたい、あなたはこないだドレスを選んだじゃないの。一着ぐらいわたしに譲ってくれても罰は当たらないわ。ここは、年長者たる母に譲りなさい」
「それとこれとは話が別です。ただの夜会で着るドレスと婚約式のドレスが同等なわけがないでしょう」
切れ長の目がエステル様を睨む。対するエステル様も一歩も引かない。
私のドレスの話をしているはずなのだけれど、すごく割り込みづらい。
「あの……」
一応、声を掛けてみる。
「あら、どうしたの」「なに」
二人が同時に振り返る。輝くばかりの銀髪がクリスもエステル様も眩しい。
「この間のドレスじゃだめ、ですか?」
この間のドレス、というのは先日夜会の為にクリスが仕立ててくれたピンクと黄色のドレスのことだ。ウェディングドレスは白なので、婚約式のドレスはそれ以外の色で仕立てるのが通例だ。
だからそのどちらかでいい、と私は思うのだけれど。
「だめに決まってるだろ」
エステル様を睨んでいた目が今度は私に向けられる。美形が睨むとそれだけで迫力がある。
「おれがキャロのドレスを選ぶのをどれだけ楽しみにしてたと思ってるの。人の楽しみを奪わないでくれる?」
「そう、なんだ」
そんなに楽しみにしていたとは、知らなかった。
さらりと言われてしまうと、返答に困ってしまう。
「そうだよ」
私の頭の上に、大きな手が落ちてくる。そっと気遣うように髪を撫でる手が、僅かに耳に触れる。それだけでかっと頬が熱くなる。
見上げれば青い瞳は輝きを増して応えてくれる。やわらかに彼は微笑む。
クリスは本当にこういうことがすごく自然にできるようになった。慣れないのは、私だけだ。
「ということで、キャロはおれの選んだドレスを」
「あ、そのことなんだけど」
それはそれとして、実は私にはさっきから気になっていることがある。
「クリスの服は、選ばないの?」
「おれの?」
クリスがきょとんとする。首を傾げたらふわりと銀色の髪が揺れる。
「そんなもの選んでどうするの」
「どうする、っていうのは、ないんだけど」
男の人の服を選んだことなんてない。自分にセンスがそこまであるとも思えない。クリスと違って今まで楽しみにしていたということもない。けれど、
「私もクリスの服選んでみたいな、って」
「そっか……」
クリスが長めの前髪をかき上げて、そっぽを向く。
「嫌かな」
「いや、そういうわけじゃなくて、そうだな」
言いあぐねたように、こつこつと彼のブーツの爪先が床を叩いた。
「おれとしてはあんたのドレスが大事だから、おれの服なんてなんでもいいというか。あんたのドレスから決めるのが常識だろ、多分」
「なんでもよくは、ないよ」
ジャケットの裾を掴んだら、青い目がはっとした。
この幼馴染はすこぶる顔がいいし口も立つ。大抵の場合、私は口喧嘩で歯が立たない。
「婚約式のドレスは普通の夜会のドレスとは違うんでしょ? だったらクリスの服も、そうだよ」
しかしながら、こちらはこれでも四つ年上だし付き合いも長い。
「二人で一緒に出るんだもん。私のが特別で、クリスのがどうでもいいってことはないよ」
「それは、そうだけどさ」
私が言ったことなら即座に反論してみせるクリスでも、自分でこねた理屈ならそうでもない。なんだか気恥ずかしそうに頬をかいた。
「あら、いいじゃない。クリスはいつも黒とか紺とか無難なものしか着ないものね。せっかくなら面白そうなものも試着させてみましょう」
エステル様がぱっと手を合わせて少女のように高らかに言う。
これで、援護射撃は完璧。
「面白そうなものってなんですか、母上。おれは玩具じゃないんですよ」
怜悧な顔が途端に不機嫌そうになる。
「タキシードも色んな種類があるんですか?」
静かに控えるローランさんに目を遣れば、にっこりと微笑んで彼女は応えてくれる。
「はい。様々なものを取り揃えております。ご用意しましょうか?」
「お願いします」
玩具というのなら、私はいつも着せ替え人形さながらに試着をさせられているのだ。
楽しくないわけではないけれど、なかなかに重労働ではある。クリスも少しくらい体験してみるべきだ。
「それじゃあクリス。着替えよっか」
頭一つは高いところにあるその目に、私も微笑み返してみる。
少しの間そうしていたら、長身は観念したように一つ息を吐いた。
「わかったよ。着ればいいんだろ、着れば」




