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【完結】拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~  作者: 藤原ライラ
第二部:君の知らない物語

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28.決着

 確証があるわけではなかった。


「クリストファー=ラザフォードと申します」

 僕が訪ねたのはオースティン家の屋敷だった。


「オースティン卿にお目通りを願いたい」


 追い返される覚悟はしていた。突然の訪問だなんて、無作法もここに極まれりである。しかしながら、他に方法もなかったので。


「ご案内いたします」

 現れた執事は恭しく礼をした。


 広い屋敷だった。うちも決して小さくはないと思うが、それと比べても広い。そして何よりセンスがいい。建物のたたずまいも植えられている花も、全てが洗練されている。


「旦那様、お連れいたしました」


 その中心にある四阿に、アラン=オースティンその人はいた。ゆるりと足を組んで紅茶を飲んでいる。

 ただ座っているだけなのに圧倒的な貫禄がある。


「ごきげんよう、ラザフォード侯。掛けてください」


 向かいの席を示されたが、仲良くテーブルを囲んでお茶をする気持ちにはなれない。


 一応爵位だけはうちの方が上なので慇懃に扱われてはいるが、あまり敬われている気はしなかった。 

 彼からしたら僕なんてただのガキにすぎないということだろう。

 まあ、事実である。


「いえ、結構です」


 古来より一人の女性を巡って二人の男が相まみえてすることといえば、一つである。

 我ながら決闘は向いていないと思う。オースティン卿は見るからに体格がいい。殴られたら僕なんて即座に吹っ飛ぶだろう。


「本日伺ったのは、スタインズ子爵令嬢についてお話したかったからです」


「キャロルのことが、どうかしたかな」

 響きのある低い声が、やけに親し気にキャロラインの愛称を呼ぶ。僕だってそんな風に呼んだことないのに。


 非常にむっとするがここは我慢だ。


「単刀直入に言います」


 この身に何があるかを数えても、その多くをもう、オースティン卿は持ち合わせている。

 だったら奇を衒ってもしょうがない。ここは真正面から行くとしよう。


「キャロラインから手を引いて頂きたい」


「ほう」

 形のいい眉がぴくりと動く。緑の目に好奇の色が宿って、物珍しそうにこちらを見遣る。


「貴殿にそれを言う権利があるとお思いで?」


 僕にそんな権利はどこにもない。分かっている。


「誰を愛すも愛さないも、キャロルの自由ではないかな」


「おれはずっとキャロラインのことが好きです。少しぐらい口を挟んでも許されるでしょう」


 オースティン卿の目がぱっと見開かれる。ことん、と音を立ててゆっくりと、彼の手にあった紅茶のカップが置かれた。


 そしてオースティン卿は突然、笑い始める。


「はははっ!! 私相手に告白しても仕方がないと思うがね……!」


 おかしくてしょうがないといった声音だった。声を立てて笑う様は、この狡猾な男爵のイメージにはややそぐわない。


「失礼。ばかにしたつもりではなかった」


 やがて笑いの波を乗り越えたのか、彼は元よりもいくらかすっきりとした顔で言った。


「意地を張らずに、最初からそう言えばよかったのに」


 最初、というのはあの夜会の時だろうか。


「……あなたに言われるようなことでは、ないと思いますが」


 睨みつけたら、それを全く意に介さずにオースティン卿は微笑み返してきた。余裕綽々といった感じだ。


 にしても僕とキャロラインのことを彼はどうやって知ったのだろう。


「そんなものはちょっと気を付けて見ていれば分かるというのが半分と、少しだけ大人げない手を使った」


 優雅に腕を組んでみせると、見透かしたようにオースティン卿は言った。


()は、あの文通屋に金を出しているのが誰だか知っているかい?」


「さあ。金を持て余した御隠居の余生の楽しみだとか、成金貴族の税金対策だとか色々噂は聞きましたけど」


 どれも噂の域を出ないレベルの話で、裏付けには乏しかった。ただ、店の様子を見ても経営はすこぶる順調なことだけは確かだろう。


「御隠居の余生の楽しみか……それはあながち嘘ではないな」


 満足げに頷いた様を見て、


「まさか」


「ちゃんと封筒にエンブレムも入れておいたけれど、お気づきにならなかったかな」


 そこまで深く考えたことすらなかった。なにせ、僕はキャロラインのことで頭がいっぱいだったので。


Austin(オースティン)のAか」

Alan(アラン)のAかもしれないよ」


 しかし、そうなると状況は変わってくる。


「あなたは、おれとキャロラインのやり取りを盗み見ていたんですか」


 手紙を読めばキットのふりをすることだって容易い。僕みたいに無理な背伸びをして大人を演じる必要も、彼にはないのだから。


「そんなに怖い顔をしないでくれ。誓って、私は手紙の中身までは見ていない。知っているのは『要望書』の内容までだ。元々、私がこっそりとやり取りしたい人がいて片手間にはじめただけだったんだ」


 足を組み替えて、オースティン卿は僕に向き直る。


「誰が誰と関係を持ちたいと思っているのか、どれぐらいの頻度でやり取りをしているのか。それだけでも、この世界を生き抜くには十分に価値がある情報だと思わないかい?」


 それは、分かる。

 身を置いているとひしひし感じる。ほんの少しの噂ややり取りで、風向きは大きく変わる。社交界では情報こそが金よりも宝石よりも価値があると言ってもいい。


 オースティン卿一人が、まるで飛ぶ鳥のように天高くから社交界を見渡していたとしたら。彼が事業に成功を納めたというのも頷ける。


「思い知ればいいと思ったんだ。不確かな関係性にあぐらを掻いていられるほど、甘くないってね」


「それは……」

 分かっていたつもりだった。


 キャロラインがいつ他の誰かと結婚してもおかしくないことを。

 この六年間、僕はずっとその可能性を見つめてきた。


「言えたことだけが真実だよ、少年。何事もちゃんと口にしないと伝わらない」


 随分と実感の染みた言葉だった。似たようなことをマダム=ローランにも言われた。

 しかしながら、さすがに少年と言われるとカチンとくる。


「そこまで子供ではないつもりですけどね」


「大して変わりはしないさ。君はまだ私の半分も生きていない」


 ああもう、またここでも立ちはだかる年齢の壁である。僕は永遠にこれと戦い続けなければならないのだろうか。


「そして一途なのはいいことだが、君はもう少し世界を見て知った方がいい。ただ好いた女性をがむしゃらに追いかけるだけでは、人としての幅は広がらないよ」


 オースティン卿のいう“世界”とは、一体何だろう。


 僕が生まれたのはキャロラインがいる世界だった。そして、僕の心はずっとキャロラインに向かってきた。


 何を好きになるかが運命なのだとしたら、僕の運命はあの時決まったのだろう。

 キャロラインにはじめて出会った、あの日に。


 ここにいる僕を作ってくれたのは、他ならぬ彼女なのだ。キャロラインのいない世界に、今のこの僕は存在しない。


 だからそもそも無理だったのだ。僕がキャロラインのいない世界で生きるだなんて。


「あなたは世界を知った結果、言うべきことが言えなくて今日まで独身を貫かれたのですか?」


 ほんの負け惜しみのつもりだった。

 オースティン卿の顔から一瞬表情が抜けた。おそらく図星だろう。


 こういうのは外すからいいのであって、当ててしまったら無性に居心地が悪い。


 ただその人とやり取りをするために彼が文通屋をはじめたのだとしたら。その気持ちは、少し分かる気がした。


「……ああ、その通りだ」


 ふっと、片方だけ口角を上げてオースティン卿は笑った。他の何よりも、彼は自分自身を嘲っていた。そしてそれは、どこかの違う地平の僕の姿に違いなかった。


 そうならなかったのはたまたま、運がよかっただけだと言わざるを得ない。


「キャロラインに会わせていただけますか」


 一刻も早く彼女に会いたかった。僕はあの手紙の返事を届けなければいけないのだ。


 オースティン卿は大仰に肩を竦めてみせる。芝居がかったような仕草だが、妙に様になっている。


「残念ながら私はフラれたところでね。お姫様は無事お送りしたよ」


「ちっ」

 ならそれを先に言ってくれ。

 知っていたらこんなところで長居はしなかったのに。


「聞こえているよ」


 心の声が口から全部もれてしまった。まったく、キャロラインのことを笑えない。


「失礼します」

 形だけは恭しく礼をしてみせたが、これでは台無しだろう。


「ラザフォード侯」


 くるりと踵を返した僕の背に、低音の声が響く。


「その呼び方、やめてもらえませんかね」


 振り返って僕は言った。

 彼が敬意を払っているとすれば、僕ではなくうちの家名にである。

 どうせ少年(ガキ)だと思っているのなら、その通り扱えばいい。


 オースティン卿は、やれやれとばかりに苦笑して椅子から立ち上がった。


「それでは、クリストファー君」


 そんな風に呼ばれるのは学校にいた頃以来だろう。年相応で身に馴染む気はするが、やっぱりちょっと癪である。


「年長者として言わせてもらうが、年を取ると当たり障りのない人付き合いが得意になる代わりに、素直になるのに臆病になる。

 本当の自分を見せることほど恐ろしいことはないからね。誰かと真正面からぶつかることができるのは若者の特権だよ」


 オースティン卿はすっと、その目を細めた。

 それは通り過ぎた何かを懐かしむような、そんな目だった。


「いつだって、素直になるのは怖いですよ」


 だって僕はずっとそれが怖かった。

 ただ世慣れした分だけもっともらしい言い訳が上手くなるだけの話だ。


「年齢を理由にした時点で人は老いると思いますけどね」


「それもそうだな。けれど、いつか君にも来るはずだよ。君が切り捨てたかったその若さをこそ、羨ましく思う日が」


 そんな日が本当に来るのか、今の僕には分からない。


「君が勝ったのでも、私が負けたわけでもない。ただ、彼女が決めただけだ。あとは、せいぜい頑張ってくれたまえ」


 ただいい加減腹が立っていたのも事実なので、


「うっせぇよ、おっさん」


 当然、貴族男性の物言いではないが、彼に言わせれば僕は少年ということなので、これぐらいは許されるだろう。


「はははっ。白銀の貴公子は存外に辛辣だね。悪くない」


お読み頂きありがとうございます。

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ここまでで第二部終わりです。

あともう少し続きますが、お付き合いいただけると嬉しいです。

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