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【完結】拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~  作者: 藤原ライラ
第一部:私だけの物語

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22.何回だって

 ゆっくりと、あたたかさが唇に触れた。


 最初は啄むように。次に尖らせた舌が許しを乞うように突く。恐々口を開けば、それは私の中に容易く入り込んでくる。


 どちらから舌を絡めたのかもう覚えていない。強く吸い上げられたらお腹の奥がきゅんとする。

 求められている。それが肌で分かる。


 次第に力が入らなくなっていく腰を力強い腕に支えられる。ぴたりと、互いの体が密着する。このまま溶け合ってしまいそうに、頭がぼーっとする。


 腕の中からクリスを見上げたら、すっと目を逸らされた。


 あんなむき出しの感情をぶつけてきたくせに、悔しいほどに整った顔のままで腹が立つ。こっちはもう息も絶え絶えだというのに。


 恨みがましくジャケットを握りしめても、その顔色は変わらない。


「なに」


 なんだろう、少し、足りない。これだけで終わりではないことは、私にだって分かる。一応、年だけは食っているので。


 振り切るように、クリスは一つ大きく息を吐いた。


「そんな物欲しそうな顔しないでくれる?」


 口にされると恥ずかしさが度を越して訪れる。なんて顔をしていたんだろう。


「ご、ごめんなさい」


 慌てて手で押さえて俯いたけれど、頬の赤さは隠し切れていないだろう。


 それに好きだからと言って、そういうこと(・・・・・・)をすると決まったわけではない。我が身を振り返ってみたところで、そんな色気があるとも思えないし。


 貴族の男性には妻のほかに愛人がいることも多い。というかむしろ一般的だ。


 この世に色んな形の“好き”があるのだとしたら、私とクリスの“好き”が全部同じとは限らなくて、彼にはもうそういうことをする女の人がいるかもしれなくて……。


「あのさ」

 ぷにっ、とクリスの指が頬を突く。その指先は揶揄(からか)うように弾んでいる。


「全部聞こえてるけど」


「ひゃっ」

 なんということでしょう。心の声が全部口から出ていたとは。


「どうしてそうなるの」

「そそそ、その、クリスがそういうつもりじゃなかったから、どうしようと思って」


「はあ」

 一つ大きな溜息が降ってきて、ぎゅっと抱き寄せられる。そのまま私を軽々と抱えたと思うと、クリスは椅子に腰を下ろした。


 小さな子供のように、膝の上に乗せられる。


「あんたは昔からそうだよな。すぐに考えすぎる」


 宥める様に、大きな手が髪を梳く。耳に微かに触れる手が熱い。


 額を合わせてクリスが言う。


「おれを石か何かだと思ってるの? したいに決まってるだろ」


 この青い目はまだ、あの激情を宿している。


「ただ物事には順序がある。今ここであんたに手を出したら、おれは亡くなったあんたの両親に合わせる顔がないってだけ」


 言われてみれば、そうである。天国にいるはずのお父様もお母様もうっかり生き返ってしまうぐらいの衝撃だろう。


 それはそれで、願ったり叶ったりだけれど。


「あとうちの母上にはなんて説明するの? めでたく両想いになったのでやることやりましたって? ひかえめに言って、卒倒するんじゃないかな」


「それは、そうだね……」

 エステル様はどんな顔をするだろう。


 ことん、とクリスは頭を私の肩に乗せた。高い鼻梁が首筋を掠めて、触れる銀髪がくすぐったい。


「あんただけ、って言ったろ」

「うん」


 そっと髪を撫でても、クリスはされるがままだった。やわらかな銀色が、私の手の中で流れていく。


「まあすぐに信じろっていう方が無理か」


 背中に回された腕の力が強くなる。ああ、またあの香りがする。


 包まれれば、柑橘系のさわやかさの奥に隠れたほんの少しの苦さのようなものに囚われて、胸がきゅんとする。

 ほんとうに、クリスそのものみたいな香りだ。


「いいよ。どうぜずっと一緒にいるんだ。ゆっくり、分からせるだけだ」


 いたずらっぽい笑みを浮かべて、クリスは笑う。その顔ははっとするほど輝いていた。


「ここまで待ったんだしね。もう少しぐらい、大したことじゃないよ」


 ここまで、というほど彼は一体いつからこんな想いを抱いていたのだろう。


「ねえ、クリス」

「なに」


「いつから、私のこと、すきだったの?」

 こんなこと、聞かれたって私も答えられないけれど。


「最初から」

「最初っていつ?」


「最初は最初だよ。はじめて会った日」

「そんなに、前から」

「やっと分かった? まだ騒々しく何か言うなら、その口塞ぐけど」


 すらりとした指が私の唇をなぞる。さっきまでの行為を連想させるような、艶やかな触れ方。

 それは、つまり。


「あの、クリストファーさん」

 改まったら、変な敬語になってしまった。


「なんですか、キャロラインさん」

 釣られたようにクリスも妙に敬語で返してくる。


「騒々しくしたら、また、してくれるの?」

「あー……」


 持て余したように長めの前髪を掴む。青い目はゆらゆらと彷徨って床の上に落ちた。


「それぐらいなら別に騒々しくしなくても、うん」


「ほんと?」

「ほんとだよ」

「それ、じゃあ」


 広い肩に手を置いてクリスを見る。あんなことをした後だというのに、その目を見るだけで途端に恥ずかしくなってくる。顔を見合わせて、二人してくすりと笑った。


「あんたがいいなら、何回だってしてやるよ」


 そう言ってもう一度、クリスは私に口づけてきた。


お読み頂きありがとうございます。

いいね・ブクマ・評価・感想頂けますと励みになります。


ここまでで第一部終わりです。

次話からヒーロー視点の第二部【クリストファー=ラザフォードはいかにして初恋をこじらせたか】です。

引き続き楽しんで頂けると嬉しいです。

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