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吸血鬼の噂

作者: 燕 柿太郎

 昼休み。教室でお弁当を広げているところで、藪から棒にリナが言った。


「隣のクラスの三上さん、吸血鬼なんだって」


 わたしとタエコは箸を止めたが、ヒロエは気にせず食事を続けている。


「なにその小学生でも驚かない噂」と、わたし。


「まだ教師と不倫してるっつー方がリアリティあるわね」と、タエコ。


 ヒロエは卵焼きと唐揚げをいっぺんに口に入れ、もぐもぐしてるんだか頷いてるんだか分からない。


 リナは低い声で続けた。


「先週から、三上さんの彼氏――バスケ部の橋本君が学校休んでるじゃない? 風邪ってことになってるけど、今週に入ってから、野球部マネの石岡さんが、市立病院の待合で見かけたんだって」


 話に信ぴょう性をもたせるためか、登場人物の実名が次々に挙げられる。


「その時、橋本君、車いすに乗ってて。うつむいてたから、石岡さんとすれ違ったの気づかなかったみたいなんだけど、石岡さん、見ちゃったんだって」


「なにを?」つられて反応してしまう。わたしとタエコの声が重なった。


「橋本君の首筋に、噛み跡みたいな赤いキズが2つ並んでついてたって。それで、もしやと思って、吹奏楽部の佐伯さんに相談したんだって。――あ、佐伯さんて、三上さんの幼なじみらしいんだけど」


 また登場人物が増えたのでそろそろ相関図を書いた方がよいだろうか。


「そしたらね、佐伯さんも、実は……って言い出して。橋本君が学校を休み始める前の日に、見ちゃったんだって」


「なにを?」ちゃんと反応する。わたしとタエコは良い聞き手だ。


「三上さんが、橋本君の首筋に――嚙みついてるのを」


 ヒロエが弁当箱に残った最後の米粒を制覇し、ふう、と箸を置いた。


「つまり、三上さんが吸血鬼で、彼氏の血を吸ったために、彼氏が体調を崩して学校を休んでいる。その噂を流してるのが、彼女の幼なじみとその友だち、ってことね」


 確認するようにヒロエが言い、リナが頷く。ヒロエが続けた。


「てゆうか、その、佐伯さん? 噛みついたところを見たとしても、血を吸ったところまで見えたのかな?」


「それな。普通にイチャイチャしてただけじゃん?」タエコが言う。


「あー、それ思った。なんで噛みついてるの見て吸血鬼につながるんだろ」と、わたし。


 リナがもったいぶった口調で切り出した。


「こっからは裏が取れてないんだけど、佐伯さんが見たとき、三上さんの口の周りが血で真っ赤だったんだって」


「にしても、噛みついた、イコール、血を吸ったってのは飛躍しすぎじゃん?」


 ヒロエが正論を返す。リナはそれ以上のカードを持っていないらしく、もごもごと言い淀んでいた。


「ま、本気で信じる人はいなそうだけど、友だちの噂を面白がって広めるってアレだよね」タエコが言う。


「ほんとそれ、それよ。感じ悪っ」わたしも同意する。


 ヒロエもリナも「だよね」とか言いながら頷いていた。


 ***


「えー、というわけで」


 わたしはコホン、と咳払いした。


「口が軽いと困るんですよね。佐伯さん」


 放課後の空き教室。イスに縛り付けられ、猿ぐつわをされた――と言ってもわたしたちがしたんだけど――佐伯がぼろぼろと涙を流している。


「うーっ、うーっっ!」


「チカちゃんが橋本君の血を吸ってるところを見ちゃったんだって?」


 わたしの声にあわせて、三上チカが佐伯の前に歩み出る。


「まーさか、見られてたなんてね。覗きが趣味なんですかぁ?」


「うーっ、うーっっ!」


「あんたが思ってるより、吸血鬼なんてそのへんにゴロゴロいるんだからね」


 言いながらタエコも佐伯の前に歩み出た。


「あ、わたしは純血じゃないので、血よりゴハンの方が好きなんですけどね」


 ヒロエもタエコに続く。


「うーっ、うーっっ!」


「わたしたち、お天道様の下で堂々とは生きられない、悲しい種族なのよ。そっとしておいてほしいの」


 チカに目くばせする。直後、チカのキバが佐伯の首筋に突き立てられた。


「うぅぅーーーっっ!!」


 ***


「ごめん、ちょっと懲らしめるつもりが、飲みすぎちゃった」


「あーあー、チカは食いしん坊なんだから。よく橋本君の血は途中でガマンできたわね」


 わたしは動かなくなった佐伯を見ながらため息をついた。


「だって、死なせちゃったらもう飲めなくなるじゃん。橋本君の血、めちゃ美味いんだよー」


 チカは悪びれる様子もない。


「はあ、仕方ないわね。ここはわたしが片付けておくから、みんな先に帰っていいわよ」


 チカ、タエコ、ヒロエが教室を出てゆく。


「さて、と」


 佐伯の死体に向き合う。実はわたしは吸血鬼ではない。血を吸う彼女たちとは異なり、死体そのものを糧としている。


 そう、わたしは――食屍鬼。

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