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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生者が元の世界に帰還して200年後~世界はマヨネーズの炎に包まれた~

「――勇者王って言うと、200年前にこの地域一帯を統一した偉人の勇者王のことだよな、アレホ?」


「うん。エウは勇者王ユートのことをどう思ってる?」


 白銀色の燭台を模した間接照明が独特の芳香を醸しつつ神官養成所男子寮の部屋を照らす中、薄桃色の髪をノーブルショートに整えた青年・アレホは、自室のベッドで横になりながら、同じルームメイトのエウティミオに質問をする。


 エウティミオは、反射魔法を駆使して己の姿を魔力で出来た鏡に写し、灰色の長髪を束ねつつアレホの質問に次のように返した。


「そりゃあ……お前。

 勇者王ユートと言ったら、あれだろ? 『最も偉大な王』、『現在に至る文明を築き上げた祖』、『あらゆる分野に精通した天才』……まあ、色々異名はあるが、歴史上類を見ないほどの類まれに飛びぬけて優秀だった偉人……って感じじゃねえのか?」


「ま、そだね。世間一般……というか通説ではそんな感じだね」


「通説って……おいおい。じゃあ、アレホは違うって言いたいのか?」


「うーん……。何て言うんかな。もう200年も昔の人だから大分美化されてそうって言うか……。そもそも、経歴の時点で相当胡散臭いじゃん、この人」


「……ここが自室じゃなきゃ、下手すら捕まりかねないセリフだぞ、それ」


「うん、知ってる」



 ――最も偉大な王。勇者王ユートこと、サトゥ・ユート。

 その名は、例え自分が住む土地の領主の名を知らぬ者でも、この地域で生まれ育った者ならば、乞食や罪人であろうと知っている歴史上の偉人のものだ。


 文献に残されただけでもその王の偉業は数知れず。

 政治的には、悪戯妖精の良識(・・・・・・・)ほどに小さき直轄領土しか持たなかった一方で、属国や臣従国を含めたときには、古今東西ありとあらゆる王の中でも最大の版図を築き上げ。

 個人武勇の面では、仲間とともに少数でドラゴンを狩り過ぎて勇者王の国では名産品として『ドラゴンの鱗』が挙げられるという珍事すら後世まで残ったほどの、『1人国興し』とも呼ばれた男。


 技術の面では、現在の文明社会の基幹となっている蒸気機関や魔法機械技術の根幹を整備した『産業の神様』で。

 その他にも軍事・農業・法律・医療・公衆衛生・通信技術・運輸・人権問題・環境問題など、あまりに広範な問題に取り組んだ結果、現在では『勇者王なき分野は育児のみ』という落書(らくしょ)が残るくらいには、ありとあらゆる事柄に精通した『万能の天才』であった、とされている人物だ。



 ――そして。それだけの人物でありながら彼は僅か数年でその名を歴史から消す。それも死ではなく『神々の世界への帰還』という形で。そのため神格化されている聖人でもある。

 だからこそ、いかにプライベートな空間であろうと『神官養成所』である寮の一室ではかなりグレーな発言であることは間違いなかった。

 けれどもアレホは、愛嬌があるのにも関わらず、意図を掴みかねるような笑顔を浮かべ薄桃色の髪を揺らしながら、そのエウティミオの追求をさらっと流して、こう告げる。


「……ま、『育児』が除外されているのは、勇者王ユートがその短い治世の間で子宝に恵まれなかったことを揶揄したブラックジョークなんだけど……それはいっか。

 エウ。僕はね、どうにもこの勇者王が、世間一般で思われているよりも、もっと俗で、親しみやすい人物なんじゃないか……って、ずっと引っかかってるんだ」


 やんわりと警告をしたはずなのに話を止めることのないアレホの様子に、僅かに表情を苦くしつつも、エウティミオは相槌を打つ。


「これだけのことを成し遂げた偉人でも、歴史書の常だ。多少誇張はあるとは思うが……。

 しかし、それでも限度があるんじゃないか」



「……彼が遺した未知の言語の手記。最近、一部が解明できたらしいんだけど。

 一番頻出している名詞が『お父さん』とか『お母さん』を意味する言葉だったんだって」


「――それは。……なんというか」


「ね? 意外でしょ?

 ただ、その次に多いのが『転ぶ生もの』を意味する単語らしいんだけどさ。これが、何の暗喩なのかはかなり議論になってるよ」


「……まあ、偉人の遺した秘密の手記がそう簡単に解読はできないよな」


「そだね」



 余談だがこの『転ぶ生もの』に関しての解釈として現在最も主流となっている説は、『生もの』とは『イネ・コメ・ゴハン』と勇者王が呼んでいた独特な呼び名で定着した野菜を指しているとされ、そんな野菜が転ぶ……というのはまさしく勇者王が別の文献で語っていた『米転がし』という内政秘術に当たる、というものだ。この解釈ではつまりは『相場操作』のことを指していることとなり、それが手記に頻出するということは勇者王の高い経済観念と金融に対する強い理念が伺える。



 アレホはここでようやくベッドから上半身だけを起こし、エウティミオの顔を見据えて付け加えるように語る。


「あ、そうそう……勇者王ユートが親しみやすいっていうか、完璧じゃなさそうな理由は、もう1つあってね……」


「……?」


「キス、下手くそだったらしいよ、勇者王」


「…………はぁ?」


「あと手を繋ぐと手汗が凄かったらしいし、ついでに言えば異性と話すときはいつも視線が泳いでいたって」



 そこまで告げたアレホの表情は、エウティミオを揶揄うような、ここで少しでも面白い反応をすればしばらくはそれをネタに弄ろうというのが、ありありと分かるものであった。

 必然、ルームメイトとしての歴がそれなりにあるエウティミオは、そんな『相方』の反応を一瞥することもなく、ため息交じりでこう告げる。


「お前……そんなん、どこで読んだんだよ……」


「ん。第四王妃の日記の現代語訳」


「あのなあ……」


 ある意味では、この2人の日常とも言うべきやり取りであった。アレホは聡明であれど、一部非常識――は言い過ぎだが、ちょっと世間に疎い部分がある。

 ……が、それをアレホも自覚しているので、逆手にとって自分の武器として利用して、時にちょっと不用心にも思えるような距離感の詰め方をして、相手に付け込もうとするのだ。


 特に、エウティミオに対しては心を開いているのか、そういう言動が特に多い。


「あ、ちなみにその第四王妃日記の翻訳本は、3年前に発禁処分になってて――」


「……こら」


「あいてっ」


 結局、エウティミオはこうして鉄拳制裁の実力行使、と言っても軽く頭を小突くくらいだが、そうしてアレホの話を強制的に止めることも多かった。


「どーして俺にばっか、そういう際どい話するんだか……。この腹黒桃髪は」


「あっ? キスとか、手を繋ぐって話。

 もーしーかーしーて、お人好しのエウにはちょっと際どかった?」


「そっちじゃない、アホか。お前の発言は政治的に危ういんだよ」


「あ、政的(・・)な意味で、ってことね?」


「言ってろ」


 エウティミオは、そこで会話を一旦区切ると反射魔法を切って、ヘアスタイリングに使用していた香油などの入ったトレイを片付ける。


「……エウって身だしなみの準備長いよね。寝る前なのに、そこまでする?」


「お前は朝の準備が長いじゃねえかよ、女子かよ」


「いや、ナイトルーティンが長いエウに女子っぽいって言われたくないわー。

 じゃー、そろそろ照明切っていい?」


「ああ」


 瞬間、アレホはベッドの上で軽く手をかざすと、燭台を模した照明から光が消え、独特の匂いも薄れていく。それと同時にぼすんと倒れるアレホと、その隣のベッドにゆっくりと入るエウティミオの動きはいっそ対照的であった。



「――で。アレホ、いきなり勇者王の話なんかして何を企んでる?」


「あ、やっぱりちょっと不自然だったかな?」


「当然だ。お前が脈絡もなく話をするときは、大体何か目論んでいるときだからな」


「人聞きが悪いなあ。ま、でも事実なんだけど。

 ……僕たちさ。そろそろこの『ガッコー』卒業じゃん? ……あ、この『ガッコー』って言葉も勇者王ユート由来らしいよ」


「それは知ってる。同じような意味で『コーコー』って言葉もあるのもな」



 勇者王サトゥ・ユートが遺した言葉によれば。

 『ガッコー』や『コーコー』というのは、『性格的に全然合わない人間同士を無理やり狭いコミュニティに押し込むことを強制する地獄のような場所』を原義とする。


 勇者王はこの『ガッコー』という存在を悪し様に語ることが多いが、彼の治世後の研究を鑑みるに、勇者王の資質や価値観は少なからずその『ガッコー』という場で苦役を敷かれてきたからこそ、形成されたものが多いと再評価されている。

 特にそれが顕著であったのは、苦難を乗り越えることを美徳とする宗教勢力で。彼等はそんな歴史で名を遺す偉大な勇者を輩出した『ガッコー』に目を付け、最高峰の神官養成所に、その『ガッコー』を称える意味も込めて同じ名をつけているのだ。


 勇者王も『シンガク(・・・・)コースはエリート』って言ってたし。神学教育の場であるというのは、間違いないだろう。

 そんな最高峰の『ガッコー神官養成所』を間もなく卒業する、この2人にも栄転はほぼ確約されている。


「アレホは、実家が貴族様だっけか。じゃあ、卒業後は領地に戻るんだよな?」


「……貴族じゃなくて、徴税人(プブリカヌス)ね?

 とは言っても、僕は継承権とかは無いから、普通に地元の聖堂勤務になると思うよ」


「最初っから聖堂で働けるのは、中々異例だぞ?」


「……そーいう、エウは修道騎士団っしょ?

 騎士様に言われたくはないなあ」


「まあ……騎士団っつてもやってること事務作業ばっかだけどな、あそこ」


「でも、入団科目に剣術あるじゃん。聖都の剣術大会優勝経験者のエウには――」


「――『青少年部門』なら、だけどな。全体じゃベスト32止まりだ」


「……いや、充分だからね?」



 つまるところ、方向性はやや違えど、この2人。いずれも将来有望な神官のエリートコースを着々と進んでいるコンビである。


 ――それは、すなわち。


「つまりだ、エウ。

 君と一緒にこうやって馬鹿をやれる時間はもう多くないんだよね」


「今更だな、アレホ」


「……まーね。

 でも……そこで――『勇者王ユート』だよ! 彼が遺した業績は多いけれども、その中の1つに『シューガクリョコー』ってやつがあったでしょ?」


「シューガクリョコー……ああ、あれか。

 確か、勇者王曰く――『ガッコー生活の中でも、最も悪しき風習であり、己の精神鍛錬を最も試される苦しい修行の旅』のことだな」


「そう、それそれ」


 偉大なる勇者王が、青年期より常人には想像できぬような苦難に満ちた鍛錬を己に課していたことが窺い知れるエピソードの1つが、この『シューガクリョコー』だ。

 その内容についてすら勇者王は語ることを拒んだことから、現在でも全貌は明らかになっておらず、分かることは勇者王ですら極限状態にあったとされることのみ。だからこそ、これを普通の青少年に適用することは困難として聖都でも最高の学府とされる『ガッコー神官養成所』においても、『シューガクリョコー』とは任意の上流階級に類する青少年が旅先で異国の礼儀作法を学びつつ見聞を深めるものとして定着している。



「……勇者王ユートの業績はやっぱり数が多い。

 勇者王ユートが無味なのに何故か好んで食べていた『イネ・コメ・ゴハン』は、当時の人々にとっては食品として無用の長物だったけれども、彼の帰還から数十年後、合成樹脂(プラスチック)として今の僕たちの社会には無くてはならない『工業製品』となった。


 それに、やっぱり彼が発明しその独特の味から需要が乏しかった『マヨネーズ』も、今じゃ僕たちの生活に無くてはならない重要な『発電燃料』だしね」



「ああ。『コメ化学工業』や『マヨネーズ発電』が無くば、この聖都もここまで発展することは無かっただろうな――」


 これら2つの事例の嚆矢となった勇者王ユートの内政秘術は、後世に与える影響が大きかったからこそ、200年が経過した今でもこうして語り継がれるのだ。


「うん。だから、僕は実務に就く前の、まとまった時間を使える間に、この勇者王ユートの実情についてもっと深く知りたいって思うんだ。

 ……ちょうど『シューガクリョコー』ってのがあるから、それを利用する形にはなるけど、ね」


「……つまりはアレホ。

 お前は……卒業後、旅に出るつもりなんだな?」


「まーね。それで――エウ?

 君にも、一緒にその旅に付いてきて欲しい……って、そう思っているんだ」



 部屋の照明は既に落とされている。

 その独特なマヨネーズ臭もかなり霧散してきた中、アレホは、エウティミオの息遣いと唾を飲み込む音を聴きながら、彼の返答を待った。



「……別に俺じゃなくても、お前なら誘えば幾らでも付いてくる相手が居るんじゃ――」


「――僕は、君に来て欲しい……そう言ってるんだよ?」



「……はあ。

 アレホ……そういう強引なところは、いにしえのお貴族様にそっくりだぞ?」


徴税人(プブリカヌス)だから! ……それで?」


「……お前1人で寂しくってのも不安だしな。

 神官養成所と親の許可、後は就職先の修道騎士団もか。ここら辺りの許しが出れば、の話になるが……ついて行くのはやぶさかでは――」


「あ、その辺はもう根回ししたから大丈夫だよっ! 後は、本人の意向次第ってところまで準備はしてたんで!」


「……お前、ホントそういうとこな。

 外堀から埋めるとか、この腹黒桃髪め」


「えー、ひっどーいっ! これくらい、交渉するなら基本中の基本じゃんっ!!」



 ――勇者王ユートが遺した言葉の1つに『帰るまでがエンソク』という格言がある。

 『エンソク』とは彼の発言のニュアンスも考慮すると『子ども同士の旅』、『引率者の居る旅』を指す言葉だとするのが主流学説となっている。が、勇者王はこの格言においては、もっと広範に旅行をする際の心構えとして度々使っていた。


 ……これから、旅を始めるアレホとエウティミオにとっても、また。

 『帰るまでがエンソク』である――つまりは、この2人の旅路の始まりは、彼らが旅を終わらせるまでは続いて行くのだ。



 それは、蝋燭の火や、松明の火のように消えゆくものではなく。

 まさに『マヨネーズ』の照明のように、自分で消すまでは紡がれていく旅路である。

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