拾い食い
「お散歩楽しいね!」
「わん!」
僕はリードを手に、通い慣れた散歩道を歩く。隣を歩き尻尾を左右に振るのは、柴犬のポチだ。小学校からから帰宅すると、ポチの散歩は僕がするのが日課である。
「ほら、ボールだよ! 取ってきて!」
「わふっ!」
河原に着き、誰も人が居ないことを確認するとリードを外した。そしてポチのお気に入りのボールを、散歩用の手提げ袋から取り出す。キラキラと目を輝かせるポチに、ボールを見せ後に大きく遠くに投げた。するとポチは一目散に飛んで行ったボールを追いかける。
「わぁ……速い」
直ぐにボールの落下点に入ると、飛び上がり空中でボールを口でキャッチをした。何時も見ても凄い運動神経である。僕は運動が苦手であるため、ポチの動きは憧れだ。
「ふぁ!」
「あはは、凄いね! ポチ! 偉い!」
ボールを咥えて僕の元に駆け寄ったポチの頭を撫でる。道を歩けば車道側を歩き、家に帰ると擦り寄り僕の傍を離れない。ポチはとても賢くて可愛いのだ。
「あ! ごめん、ポチ待っていて……」
ポチからボールを受け取り投げると強い風が吹いた。その所為で、狙った方向とは大きく横にずれた草むらに落ちてしまった。僕の身長よりも大きな、雑草が生い茂る草むらに入るのは少し怖い。しかしボールを放置する訳にもいかず、ポチに待っているように伝えよう口を開いた。
「わん!」
「え! ポチ!?」
僕の話を聞かずに走り出すと、ポチは勢い良く草むらへと突っ込んだ。突然の事に僕は大きな声を上げた。
「大丈夫? ねぇ……ポチ?」
ポチの姿は生い茂る草に阻まれ、直ぐに見えなくなった。草の上部が揺れる様子と、草が擦れる音が遠ざかる。如何やらボールは予想していたよりも、草むらの奥に落ちてしまったようだ。急に一人になり不安になった僕は、草むらに近寄るとポチの名前を呼ぶ。
「わふっ!」
「もう! 急に飛び出して! 驚いたでしょう?」
目の前の草むらが割れると、ポチが顔を出した。ボールを咥えていることから、無事に見つけられたようだ。ほんの少しの間だが、離れていたのが寂しかった。ポチを抱きしめる。
「くふぉ!」
「ふふっ! ボール取ってきてくれてありがとう!」
励ますようにポチが僕の頬に頭を摺り寄せる。ポチの温かい体温にほっと息を吐くと、腕を解きボールを受け取った。
「あれ? なんか食べたの? 汚れているよ?」
「くぅ?」
不意にポチの口元に黒い汚れが着いていることに気が付いた。ズボンのポケットからハンカチを取り出して、不思議そうにするポチの口元を拭う。草むらでボールを拾った際に泥でも着いたのだろうか。黒い粘土のようなものをハンカチで拭き取る。
「よし、取れたよ。遊ぼう」
「わん!」
綺麗になったことを確認すると、ポチに呼びかけるとボールを青空に向かって投げた。
その後は風が吹くこともなくボール遊びを楽しんだ。
だからいつの間にか、黒く汚れたハンカチから汚れが消えていることにも気が付かなかった。