Round 1 記憶を失くした男
Side ユーマ
森の中に立っていた。
ここが何処かもわからないし、なぜここに居るのかもわからない。
「どうなってるんだこれ、何処だここ?」
言葉にしてみたが、状況が変わることはない。
とりあえず落ち着くんだ、俺。
何か思い出せることはないだろうか。
そうだ、名前は「三浦 勇馬」
名前からして日本人だろうが、それ以外は…思い出せない。
このままじっとしていても埒が明かない。
誰でもいいから人を見つけて、ここが何処なのか確認をせねば。
となれば、この森を抜けて開けた場所に出る必要がある。
そう思い、一歩踏み出そうとした時だった。
パキッ…
木の枝が折れる音が聞こえて、ビクッっとなる。
森の静寂が、不気味に感じられる。
「誰かいるのか?」
声をかけてみるが、返事はない。
しかし、何かが居るのは確かだ。
いや、森の中で生き物の気配を感じ取れる日本人ってのも変な気はするが。
なんて考えている場合ではなかった。
気配の正体が姿を現した。
「…ゴブリン?」
無意識に口から出たが、何で知ってるんだろう?
複数のゴブリンに囲まれたようで、奴らは下卑た笑いを浮かべていた。
1匹が、手に持った棍棒?で殴り掛かってくる。
さっさと逃げればいいじゃん、と思う人もいるかもしれないが、
突然起きた命の危機に冷静な対処ができる。
そんな人が、現代日本でどれだけいるだろうか。
俺はその一撃を、なすすべもなく食らってしまった。
その瞬間、何かが見えたような気がしたが、頭に攻撃を食らったせいか、意識が朦朧とする。
「何すんだ、コノヤロー!!」
叫び声と共に、俺の意識は途切れてしまった。
Side 冒険者
「ったく、魔物退治の依頼が多すぎやしないか? 世界は勇者様が救ったんじゃなかったのかよ。」
不機嫌そうな冒険者がいた。
彼らは魔物討伐の依頼を受けて森の中を探索していた。
その日暮らしの稼業のため、仕事があるのはありがたいことだが、それにしても多すぎる。
冒険者ギルド併設の酒場で一杯飲もうものなら、そんな暇があるなら依頼を受けろと押し付けられたのだ。
愚痴の一つもこぼしたくなるだろう。
「魔王を倒したせいで魔物の統制がとれなくなった。なんて話もあながち間違ってはないのかもな。
だとするなら、勇者もそれを担ぎ上げた教会もとんだ疫病神だ。」
魔王討伐の噂が広まって以降、各地で魔物の動きが活発になった。
その対処が追い付かず、冒険者ギルドには討伐依頼が絶えることはない。
今回のように、ギルドから依頼を強制的に指名される事も増えていた。
「何でもいいから1匹でも多く魔物をやってこい!ってどんな依頼だよ。ギルドもなりふり構ってられねぇって感じだな。別の国にでも行って、のんびり過ごしたいもんだぜ。」
「だったら、そのための軍資金をしっかり稼がないとな。」
気楽な会話が止まり、静寂が訪れる。
「…おい、気づいたか?」
「ああ」
短いやり取りのあと、気配のした方へ動き出す。
案の定ゴブリンを発見するのだが、遠目に誰かを取り囲んでいるように見えた。
よくよく見て驚愕する。
「丸腰の男が一人だと!?このままじゃ殴り殺されちまうぞ!」
言うが早いか、抜剣し駆け出す。
しかし間に合わず、無情にもゴブリンの餌食となってしまった。
かに見えたその時、殴られた男が叫び声をあげて平手を叩きつけていた。
ゴブリンは吹っ飛び、木にぶつかった後、動かなくなった。
他のゴブリン達に動揺が広がった隙を逃さず、追い付いた冒険者達は残りのゴブリンを始末したのだが、当の男は地面に突っ伏していた。
「こいつ、死んでないよな?」
「意識を失っているようだが大丈夫だろう。早く町まで運んでやろう。」
「丸腰で魔物と戦うなんて、何て出鱈目な野郎だ。俺たちが居なかったらどうなってたことか。感謝しろよ。」
魔物討伐より人助を優先することを建前に、彼らは早々に帰路につくのだった。
Side ギルド職員
朝っぱらから飲んだくれようとしていた冒険者にイラっとして、魔物の討伐依頼を押し付けた。後悔はしていない。
なのに、怪我人を保護したと言って、早々に帰ってきた。面倒事を増やさないで欲しい。
何一仕事終えたような顔してんのよ。さっさと討伐に戻りなさい。
私はやるべきことが山積みで忙しいのよ。後はギルマスに押し付けよう。
Side ユーマ
「見知らぬ…天井?」
何処かで聞いたようなセリフと共に目覚める。
そういえば、ゴブリンに殴られて気を失ったんだっけ。
あの瞬間、頭の中でスキルがどうの、張り手がどうのと聞こえたきがしたが、頭を殴られて幻聴でも聞こえたのだろう。
それより、俺は助かったみたいだ。さてどうしたもんか。
まだ頭が痛いし、もう少し横になっていよう。
しばらくして、人が様子を見に来てくれた。
誰かが俺を保護して、人里まで運んでくれたのだろうか。
しかしどうしたものか、言葉が通じない。
ここが何処なのかも、誰が助けてくれたのかもわからない。
言葉が通じない事が相手にもわかったようで、彼は自分を指さして一言。
ちゃんと聞き取れなかったが、名前を名乗ったのだろうか?
そして、こっちを指さしてくる。
多分、名前を聞きたいってことかな。
でもどうする?日本語は通じないし、相手が何語を話してるかも分からないし。
公用語なら伝わるだろうか。うん、そうに違いない。
「マイネームイズミウラ」
英語の成績いくつだったって?
記憶にありません。
Side ギルドマスター
マイネ・ムイズ・ミューラーというのが、彼の名前らしい。
見たことの無い服装、言葉も通じない、何かヤバい臭いがすると思っていたが。
聞いたことの無い家名からも、異国の貴族がこの国に流れ着いたと考えられるか。
訳アリなんてもんじゃない、何かあったら国際問題に発展しかねないぞ。
金勘定にしか興味のないクソ領主に知られれば厄介な事この上ないし、魔王討伐の一件以来、評判がガタ落ちの教会に保護を依頼するのもまずい。
「関わりたくない事この上ないが…」
このまま放流すれば、問題が起こる未来しか見えない。
そういえば、保護した冒険者はこう言っていた。
「丸腰でゴブリンとやりあっていた。」と。
正気の沙汰とは思えないが素養はありそうだし、正しい技術を身に着ければ冒険者として素性を隠して生きることができるかもしれない。
魔物討伐の人員も欲しいところだし、それしかないか。
ギルドマスターは、そこで考えることを止めた。