旅立ち前の晩餐
リッタの自室にて。
テーブルの上には、数多の料理が並べられていた。
生前、カルディナは壊滅的なまでに料理が苦手だった。
その代わりに、すべての食事をリッタが作っていた。
セリにとっては、どれもが昔懐かしい味だ。
よく煮込まれた具沢山のシチュー、リッタの故郷の味だという甘辛い味付きの鶏肉。
もう二度と味合う事はないだろうと思っていた品々だ。
「セリさん、口開けてください」
「うん……」
フィリアは、シチューをスプーンで掬って、セリの口元まで運ぶ。
セリはそれを、拒む事なく素直に受け入れて、口を開く。
「美味しい。すごく、懐かしい味がする……」
酒場で食べていた料理より、格段に美味だ。
やはり、リッタは料理上手なのだろう。
それとは別に、料理を食べていた頃の記憶が蘇ってくる。
深く考え込んでしまうと、涙が溢れそうになってくる。
セリは、無心になって情緒を安定させる。
「うっ……美味しい……やっぱりリッタの作るご飯が一番好き」
味だ。今はこの上出来な料理の味のことだけを考えよう。
「ありがとうございます、そう言って頂けると私も生きていた甲斐があったと思います……し、しかしらお嬢様、顔色が浮かない様ですが?」
どうやら顔に心情が出てしまっていた様だ。
「ごめん、別に機嫌が悪いとかそういうのじゃない……ううん、寧ろ嬉しい、気分……なのかな」
「それだと良いのですが、何か困り事なら私に手伝わせてください」
「本当に大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
セリは、リッタに抱きついてみる。
ついでだ。
リッタには物凄く申し訳ないが、こぼれ落ちそうになっていた涙をリッタの服にぬぐりつける。
これで泣きそうになっていた事はばれないはずだ。
「お嬢様……」
リッタはセリに答える様に、その細い身体に腕を伸ばす。
「お嬢様には、幸せになって欲しい……願わくば、復讐を諦めて欲しいんです」
セリには言ってはいけない事なのだろうが、今言わなかったら、もう言えない。
そんな気がしてしまった。
「怒らないで聞いてください。これから、お嬢様は人類の守り手を皆殺しにするつもりなんですよね。きっと、多くの人が犠牲になるでしょうし、そんな事やってもカルディナ様は浮かばれません。それに何より、セリお嬢様はより不幸になるでしょう」
そうだ。
カルディナはきっと、こんな事も望んでいない。
だとしても、それだとしてもセリは許せないのだ。
あの神人達のことを。
それにもそもそも、レヴィンとの契約がある。
今から、どうしようもできないのだ。
だからこそ、身が焦げるまで復讐を辞めないと誓った。
「そんなの分かってる、分かってる……リッタ、でも私は辞めないよ。それに神人を殺すって契約結んでるから、どのみち諦めるなんて出来ない」
それを聞いた、リッタの表情は複雑な――そして暗いものとなる。
「では、私も――」
一緒について行く。
そう言おうとしたのだが。
「だめ」
セリはそれを遮った。
「リッタは、ここで新しい生活を見つけてる。その……居場所を見つけれてる。そんな人を巻き込まない」
「し、しかし……!!」
「駄目なものは駄目っ」
反論しようとするが、セリは少しばかり強い言葉で言い返してきた。
「リッタは幸せになって。私みたいになっちゃ駄目なの」
「でも、私だけのうのうと生きるなんて無理です……よ……!!」
「……ねぇ、リッタの主人は誰?」
セリは質問を飛ばしてくる。
本来の主人であるカルディナが死んだのだから、メイドとして契約は解約。
もし関係が継続したいとするならば、義理の娘であるセリが主人という事になる。
「メイドは主人の意向は絶対――だよね」
「うっ……」
そう言われると、反論なんて出てきはしなかった。
セリに着いていく事を許されているのは、フィリアだけだ。
セリと同じで、帰る場所がない、行き場の無いフィリアだけが着いていく事を許されているのだ。
自分の居場所を見つけて、それなりに平凡で平和に暮らしていたリッタの暮らしを壊してなんてほしく無いのだ。
セリと私は地獄に堕ちるとまで言い切ったフィリアは、申し訳なさと後悔から口走ったリッタでは、覚悟のキマり方が違う。
フィリアはきっと、命なんて惜しく無いと心の奥から思っているのだろう。
そこまでの覚悟があるかと聞かれれば、きっと即断なんて出来ない。
リッタは、結局は何がとも半端な自分に嫌気がさす。
「お嬢様、少々しつこく言ってしまい申し訳ありません。貴方の側に似合うのはフィリアさんだけですね」
リッタは残念そうな、そして苦しそうな感情を含んだ微笑を浮かべる。
「でも勘違いはしないでほしい……リッタの事が嫌いなわけじゃない」
「知っています、こんな私でもまだ愛してくれている事は、だから辛いんです……お嬢様の行く末を考えると苦しいんです」
リッタの表情を見ると、頬を涙を伝っていた。
本気で自分の事を心配してくれているんだろう。
「大丈夫だよ、全部が終わったらまた一緒に暮らそう……」
とは言ったものの、仮にセリが神人殺しを完遂したとして、魔人族の侵攻を残った人類が防げるだろうか。
それに、こんな派手な事をする訳だ。
そう遠くない内にセリの存在は、公に明らかになる筈だ。
そうなれば、人類勢力は団結してセリを屠ろうとしてくるだろう。
そうなれば、全てが終わったとして平穏に暮らせる未来は想像し難い。
だが、きっと良い未来があると嘘でも信じないとやっていけない。
気持ちの持ちようは大切だ。
「必ず帰ってきてください……」
「うん、絶対帰ってくるから」
死んでも生きて帰ってくる――セリはそう心に誓った。




