始まりの前
――――――――――――
夢を見ている。
昔の幸せだった頃の記憶だ。
師匠――いや、母との記憶だ。
「お母さま、次はどんな魔法を教えてくれるの?」
私は、ローブに身を包んだ淡麗な顔立ちの彼女に声をかける。真紅の髪を持った、優しげな雰囲気を纏っていた。
この頃は、私も今よりずっと幼かった。
本当に幼かった。
「お母さま……ですか。センセイと呼んだり、師匠と呼んだり貴方は大変ですね」
「いいじゃん。お母さま、と言うか――師匠は本当にお母さまみたいなものだし」
私はそう言って、義母に抱きついた。
「そう言ってくると嬉しいですよ」
お母さまは、それに応える様に優しく頭を撫でてくれる。
嬉しかった。
そう、嬉しかったんだ。
あの、身寄りのない私に初めて優しくしてくれた人。親がわりになってくれた人。
「二人は、本当に仲がいいですね。まるで本物の親子みたいです」
そう声をかけてきたのは、この小さな屋敷で働いている唯一のメイドだ。
リッタという名前で、私も仲良くしていた。
「うんっ、お母さまとは、本当の親子だよ」
私はそう言った。あの頃は――いや、今もそう思っている。
「そうですね。セリは私と自慢の娘です」
お母さまはそう言ってくれた。
なんで、そんな優しい人が惨たらしく殺されなければ
いけなかったのだろう。
「これから少し診療で町に行ってきます。魔法を教えるのはその後でいいですか?」
「うん、早くかえってきて帰ってきてね」
「えぇ、勿論です」
かつての英雄は、その《加護》の力で、人々の病や怪我を治癒をしながら、町外れの小さな屋敷で生活していた。
私はそこで、弟子という名目で一緒に暮らしていたが、実際、事実上親子だったし、町の人達にもそう思われていた筈だ。
次に会う時、お母さまがあんな姿になっているとは思うわけも無かった。
これがセリの幸せだった最後の記憶だ。
よろしければ、ブックマーク、感想、いいねの程お願いします!