土鈴と宝珠
二人の姿が消えると、持国の張りつめていた心持ちが一気にゆるみ、彼はその場にうつむけに倒れ込んだ。
肩の感覚は、痺れと疼きから何も感じないものになりつつあった。
彼は背袋に入れてある果実のことを思い出した。あれを絞って、傷にかければ少しは癒えるかもしれない。持国は、腕を動かして手を引き寄せた。しかしそれは、ひじが曲がったところで、ぴたりと動かなくなった。
動きが止まってしまった左腕を確認するように見つめる。何とか動かせないかと思いながら。手には先ほどヤマラージャから預かった小さな土鈴が握られていた。鳴らしてみるか、巻物はないが、持国は思った。だめだ。今さらヤマラージャに助けを求めることなど。
それに、もし仮にヤマラージャとバスウがここにいたとしても、この肩を治す手立てがあるのか疑わしかった。
傷を瞬時に治すことは、むずかしいことなのだった。たとえば治癒の法力などは最も高度なもののひとつとされており、ごく限られた聖者しか会得していなかった。傷の部分だけ時空をゆがめ、過去にさかのぼらせる必要があるからである。しかも、他の体の器官には影響を与えずに。法力の達人である女剣士と仙人でさえ、それを使えるとは思えなかった。
このまま肩が壊れてしまうかもしれない。それは剣を二度と振れなくなることを意味していた。彼はそれを恐れて混乱した。首を回して、地に落ちている幅広の剣を見た。もう長く自分の一部のようになっているその剣を。
┄┄もう誰かいてくれるだけでいい。思わず土鈴を鳴らそうとした。が、鳴らなかった。左手は持国の意思に反して、全く動かなかったのである。
続いて、右腕も見た。手には宝珠が握られていた。持国は、無意識のうちに宝珠を固く握りしめたまま行動していたことに、ようやく気づいた。彼は苦笑いした。
宝珠は心なしか、青の色合いが濃くなったように思える。いや、そう思いたいだけなのかもしれなかった。宝珠を見つめる持国の視界が涙でくもり、ぼやけてくる。
──すると。
視界の中央に粒のような光点が現れ、持国に向かってくるように大きくなりはじめた。
またも白い闇。はるか先に白い影。さっきよりは近くなったような。本当に、あの場所に行けるのか。だめなような気がする。いや。時間をかければ。ちがう。だが、あきらめない。あの影は、おそらく宝、珠┄┄
「生きてるよね」
だしぬけに持国の視界にピシャーチャの顔が現れた。火傷のあとが無い。
持国は、いつの間にかあお向けになっていた。肩の血は止まっていた。痛みは残っているものの、動かせないほどではなさそうだ。
「まだ息をしているから、そうだと思う。ピシャーチャこそ、どうした。四日は倒れているはずだが」
「うん? なんか目がさめた。もう元気だよ」
小鬼の体中にあった火傷や血のあとは、きれいに消えていた。
「そうか。それは良かった。では帰るとするか賢上城に──」
待てよ、持国は思った。城に帰っても、またすぐに大陸に戻ってこなければならない。
「┄┄我は都に行こうと思う。久方ぶりに都の長に会いたくなった。都が安寧なことも確認しなければ。来るか」
「いいね。あそこ楽しいことたくさん」
持国はガンダルヴァに思念を放った。
(今、どのあたりだ)
(南の海岸で〈伸縮龍〉を待っているところです)
(我は今から都に向かう。都で落ち合うことにしよう)
(かしこまりました)
(そのあとは地獄巡りだ)
(┄┄そこも臭いがきつそうですが、おもしろそうではありますね)
持国は笑みを浮かべながら立ち上がった。そして両手に二つの物──土鈴と宝珠を持ったまま、大きく伸びをした。
頭の中には、人々が雑然と暮らす活気に満ちた都の風景が、ひろがっていた。
(了)




