引導-16
秋谷は北条恒邸に住む書生として、日々を過ごしている。
そして、日本有数の大学である東京大学に通っているところまで長四郎は掴んでいた。
長四郎は秋谷に接触する為、彼の通う東大のキャンパスを訪れた。
「さぁ~て、お目当ての男に出会えるかしらぁ~」長四郎は手ぐすねを引いて、キャンパス内を歩く。
お目当てのいる学部は経済学部、経済学部の研究室がある棟へと向かう。
そうしていると、目的の人物が談笑しながら通りすぎていった。
「おおっと、危うく目的を忘れるところじゃった・・・・・・」
長四郎はUターンして後を追いかける。
同級生たちと楽しく話しているのを見ていると、麻薬トォォルンをばら撒いている諸悪の根源であるなんて思えない。
そんな事構わず、長四郎はタイミングを見計らって声を掛けた。
「秋谷さんですか?」と。
「そうですが、貴方は?」
「あ、申し遅れました。私、こういう者です」
長四郎は自身の名刺を手渡した。
「私立探偵?」
「ええ、少し込み入ったお話したいのですが」
「込み入った話ですか」
「ええ」
「分かりました。では、こちらへ」
学内にある喫茶店へと案内した秋谷。
珈琲を相棒に二人は、話し合う事となった。
「それで、込み入った話とはなんです?」本題を切り出した秋谷。
「担当直入に言います。北条恒の目的はなんだ?」
「北条さんの目的、何の事ですか?」
「しらばっくれちゃって・・・・・・」
「しらばっくれてなんかないですよ」
「ま、いいや。それよりもだ。葛城唯奈さん、知っていますよね?」
「ええ、存じてます。家政婦さんですがここ数日、お見かけしてませんね」
「あんた、何か知っているんじゃないのか? 唯奈さんの行方について」
「存じてませんよ。知っていたら、言いますよ」
「そうか」長四郎はそう言いながら、珈琲に口を付け「あ、美味っ」と言う。
「では、話に戻ろう。北条恒はこれを使って何をする気だ?」
今度は、トォォルンの写真を見せながら尋ねる。
「これは、何ですか?」
「またとぼけるのか?」
「とぼけてなんかいませんよ。本当に知らないんです」
「前の人間は潔く認めてくれたんだけどな・・・・・・」
「だとしたら、そいつは間抜けですね」
「間抜けか・・・・・・」
「ええ、それに北条氏はこの国を変えるお方です。失礼な物言いは避けて欲しいですね」
「ジジィがこの国を変えるか。落ちぶれたもんだな、この国も・・・・・・」
「どういう意味です?」
「言葉の通りだよ。危ないお薬をばら撒いて国を変えるなんて、ドアホのする事だと思うけどな」
「そうやって、僕を煽って楽しいですか?」という秋谷の顔は眉をぴきっとさせる。
「楽しいね。悪党をからかうのは」
「悪党ですか?」
「そう。それも大悪党じゃなくて小悪党をからかうのはもっと楽しい」
長四郎はニヤニヤしながら答える。
「小悪党だと!?」
「お、怒るのか?」
「まさか・・・・・・」という秋谷の顔は引きつっている。
「ま、今日の所はここまでにしといたるわ。じゃ、またな」
長四郎はそう言って、去っていった。
秋谷は深呼吸をしてから、ある場所へ電話を掛けるのであった。