都市-1
「はぁ~ 疲れたぁ~」
私立探偵の熱海 長四郎は疲れた思い脚を一生懸命に上げながら、階段を一歩一歩踏みしめて登って行く。
今回の浮気調査は辛かった。春がやって来たはずなのに、急に真冬日の気温になったりとで、軽装で出向いたお陰で一晩、張り込みをしたせいか、すっかり身体が冷え切り疲労が普段以上のものであった。
「風呂入ろう」
長四郎はそう呟いて、事務所のドアに鍵を挿して回す。が、鍵が空回りをする。
そこで、中に厄介事を持ち込んでくる女子高生、羅猛 燐が来ているのであろうと思いながらドアを開ける。
が、その予想は大きく外れることとなった。
「はい、どうぞ」
見知らぬ年増の女性が見た感じ小学校低学年の子供に、長四郎お気に入りのオレンジジュースを出していた。
「ありがとうございます」子供はそう言って、オレンジジュースに口をつける。
「へ? どういう事?」
驚きのあまり只、呆然とする長四郎に気づいた女性は「ああ、お帰りなさい」と長四郎に声を掛ける。
「ただいま。じゃねぇよ! え? どちら様ですか?」
「ま、なんだって、良いじゃないの。それより、依頼人よ。探偵君」
女性は長四郎に依頼人を紹介し始める。
「彼は、文京区に在住の小学一年生の常盤 紘一君。詳しい内容は彼から直接聞いて頂戴。じゃ」
女性はそれだけ言い残して、事務所を出ていった。
「なぁ、あのおばさん。誰?」
常盤紘一に長四郎が質問すると「ここの人じゃないんですか?」と紘一は答える。
「違う。泥棒? 何か取ってなかった?」
「いいえ。僕が来た時にあの人がこの事務所のドアを開けるところだったから」
「そうか・・・・・・ ちょっと、待っててくれ」
「はい」
長四郎はすぐさま自室の金庫へと向かった。金庫を開け中身が無事である事を確認し安堵する。
そして、新たなる依頼人の元へと戻った。
「悪かったね。で、小学一年生が探偵事務所に何の用?」
「僕を守ってください!」
「はい?」
思わぬ依頼内容に長四郎は思わず、冷たい応対をする。
「だから、僕を守ってください!!」
「それは、分かった。具体的に何から守れば良いのかな?」
「トリガさんです」
「ト、トリガさん? おじさんに分かりやすく説明してくれ」
「都市伝説のトリガさん、知りませんか?」
「都市伝説? 知らないなぁ~ 見るのは、時事系の都市伝説ばかりだから」
「時事系?」
「君も大きくなれば分かるよ。それで、そのトリガさんは口裂け女やトイレの花子さんの類なの?」
「女の子ばっかりですね」
「女の子好きだもん」長四郎は自信満々に答える。
「変態だ・・・・・・」
この年頃、特有の発言だなと長四郎は思う。
「で、そのトリガさんは何をするの?」
「依頼を受けてくれるんですか?」
「それは話を聞いてからかな」
「トリガさんは、人を笑顔にして呪い殺すそう言う恐ろしい妖怪なんです」
それを聞いた長四郎は妖怪の類になったなと話を聞きながら思った。
「僕、見たんです。トリガさんを」
塾の帰り道、少し寄り道をと思い文京区にある湯島天神に向かった紘一。
その時、倒れこむ死体を笑顔にしている男を見てしまった紘一は大声をあげて逃げ出してしまった。
それをトリガさんに目撃された事により、彼は自分が次に狙われるそう思ったのだ。
「何それ、やばくない?」
「うわっ! いつの間に!?」
背後で話を聞いていた助手の羅猛 燐が会話に入ってきた。
「何、驚いてるのよ」
「驚くわ! 何しに来たんだよ」
「暇つぶし。それより、その後どうなったかお姉さんに教えて」
「その後は一生懸命、逃げた。それだけです」
「なぁ~んだ」燐はつまらなさそうにする。
「なぁ~んだ。じゃないだろ。そのことをご両親には?」
「言ってません」
「そうかぁ~ じゃあ、まずはご両親にそのことを話してから依頼してね。ラモちゃん、送ってあげて」
「依頼受けなさいよ」
「ご両親に了解を得たらな」
「よし、分かった。なら、私がそれを取り付けてくるから待ってなさい。行こう!」
燐は紘一の手を引いて事務所を出ていった。