幻想-10
「どうもありがとうございました」
一川警部は任意で事情聴取に協力していたバーテンを警視庁の玄関で見送っていた。
バーテンは舌打ちをして、帰路についた。
「こういう瞬間が刑事の仕事で一番嫌な瞬間よね」
入口に立っている制服警官にそう話し掛ける一川警部。
「そ、そうですね」と制服警官は苦笑交じりに答えた。
「あ、一川さん。ここに居たぁ~」
部下の絢巡査長が警視庁内を探し回っていたらしく少し息遣いが荒かった。
「どうしたと?」
「いや、毒物の強心配糖体について分かったことが」
「なんね?」
「実は医療関係じゃなくても入手できることが分かったんです」
「え? じゃあ、今のバーテンさんが犯人って事?」
「それは分かりませんが、兎に角、知識があれば誰でも入手できる可能性が高いんです」
「どうやって、手に入ると?」
「はい。モロヘイヤ、ジギタリスなどから採取できるみたいなんです」
「ほぉ~ 気軽に悪さ出来そうやね」
「一川さん、そこじゃないでしょ? 犯人が絞れなくなりつつあるって事です!」
「絢ちゃん。そうかっかしても仕方ないばい。取り敢えず、冷静に冷静に」
「私は冷静です!」
「すんません」
「もうっ!」
「そう言えば、泉ちゃんは?」
「ああ、彼女なら・・・・・・」
泉ちゃんこと明野巡査は今、長四郎と合流し、ジャスティの所属事務所近くの喫茶店で絢巡査長が調べ上げた事を報告していた。
「なるへそ。簡単に入手できて知識があれば毒物に加工できるか・・・・・・」
長四郎は天井を見上げて考え始める。
「その植物って、そこら辺に生えてるの?」燐はそう問うと明野巡査は首を横に振って否定する。
「でも、モロヘイヤとかってよく聞くよね?」
「そぉ?」と聞かないよ。みたいな顔をする明野巡査。
「青汁とかによく入っているな」長四郎が口を開いた。
「そう。青汁」燐はよく分かったね。みたいな顔で答える。
「それで、犯人を絞るのが難しくなったんです」
「そうだよね。栽培とかしている人とかが犯人の可能性があるし」
「ラモちゃん。犯人は絞れてるって事に気づかないのかね?」
「あ! あのファンの人達? でも、その可能性って高いの?」
「それを調べるんでしょうが!」長四郎は燐の額にデコピンをして小突く。
「何、すんのよ!!!」
長四郎は燐の総攻撃にあうのだった。
三人は場所を変え今、池袋のオフィスビルにその身を置いていた。
ファンの一人である赤座龍二から話を聞くためだ。
「すいませんね。お仕事中に」長四郎は応接室に入ってきた赤座にそう声をかけた。
「いえ、それより今日は。え!?」
長四郎と明野巡査に挟まれている燐の姿を見て驚く赤座。
「ああ、どうも」燐はライブの時とは打って変わり、素っ気ない態度で挨拶する。
「彼女は探偵の助手を自称しているんです。なんか、ごめんなさいね」
「凄いなぁ~」赤座の態度が明るいものへと変わった。
「どうも」それとは真逆な態度の燐。
「すいません。話を進めても?」
「ああ、どうぞ」
「単刀直入にお伺いします。赤座さんは、真田純さんとお付き合いされていたんですか?」
「え? あ、いや」としどろもどろになる赤座。
「答えてください」燐はアイドルの際の口調でお願いすると「付き合っておりました」と答えた。
「その感じで行くと、お別れしていないという事ですね?」
長四郎の問いに赤座は「はい。そのつもりでした」と頷いて答える。
「つもりでしたって、どういうことですか?」明野巡査が質問した。
「泉ちゃん。そこはおいおいで良いから」と長四郎に制される明野巡査。
「まさか、あんな事を言われるとは・・・・・・」
「そうですよねぇ~」長四郎は同情めいた反応をする。
男二人の間に謎の連帯感みたいなものが生まれるのを女子二人はひしひしと感じていた。