隠密-30
燐はバイクに落書きされていた事で、怒りに満ち満ちていた。
「ったく、清栄本部長には会えないし。バイクには落書きされるし。腹立つぅ~」
そうぼやきながら、長四郎の事務所に向けてバイクを走らせた。
事務所近くのコインパーキングにバイクを駐車し、燐は事務所へ通ずる階段を上がり建付けの悪いドアを引っ張るが鍵がかかっていた。
「しょうがないなぁ~」
長四郎に内緒で作成した合鍵を使って、鍵を開け中に入る。
「はぁ~ 疲れたぁ~」
燐はそう言ってドカッとソファーに腰を降ろすと、長四郎にメッセージを送る。
が、すぐに既読の二文字は付かなかった。
「チッ」
すると、コンコンとドアがノックされる。
「はぁ~い」
配達かと思い、燐はドアを開けるとそこに居たのは配達員ではなく、スーツを身にまとった女性であった。
「はい。何でしょう」
「熱海さんはいらっしゃいますでしょうか?」
「いえ、不在ですけど。依頼か何かですか?」
「いや、依頼ならもう」
そこで燐はピンときた。
「ここでは何ですから。さ、中へお入りください」とドアを開けて女性を中に招き入れようとする。
「いえ、大丈夫です」
女性はそう断って、階段を降りていった。燐はすぐには追いかけずに少し間を置いてから女性の尾行を開始した。
運よく女性の後ろ姿に追いついた燐だったが、頻りに背後を警戒する女性から身を隠すのに手こずっていた。
「あの人、依頼を出したって言ってたけど。なんか、怪しい」
燐はそう独り言をぶつぶつと呟きながら、女性に着かず離れずで尾行を続ける。
女性は長四郎の事務所から歩いて15分ほどの距離にあるラブホテルへと入っていった。
「ら、ラブホ・・・・・・」
思いも寄らぬ場所へと消えていった女性に驚愕する燐。
そして、燐はその時にしまったぁ~ と思う。女がホテルに入るところを写真に残しておけば良かったそう今、考えついたからだ。
「どうしようっかなぁ~」
燐は辺りをキョロキョロ見回すと、ラッキーなことにイートインのあるコンビニがあった。そこで女が再度出てくるところを撮影しようと動き出した。
買い物した際にレジ担当していたのが、その店の店長という憑きがあり張り込みの直談判をしたところある条件の元、快く許可してくれた。
ホテルの出入り口が映せるかつ目立たない席を確保できた燐は、コンビニブランドのホットコーヒーを口付けながら張り込みを開始した。
燐は退屈なので、スマホを見ると先程、送ったメッセージに既読の文字がついたので再びメッセージを送った。
“至急、連絡されたし。”と。
すると、長四郎から通話が掛かってきた。
「もしもし?」少し苛立った口調で電話に出る燐。
「何、怒ってるの?」
「怒ってないし」
「ああ、そう。なら、良いけど。何かあったのか?」
「あったから電話しているんじゃない」
「へいへい」
「なんか、ムカつく返事ね」
「そんな事より早く用件を言えよ。こっちも忙しいんでな」
何が忙しいだ。どうせ、遊んでるくせに。と言いたかったが、燐は寸での所で言うのを辞め用件を話し始めた。
「あんた、大島さん以外の依頼って受けてる?」
「いいや、受けてないけど。依頼でも入ったのか?」
「入ってないわよ。自分が人気者か何かと勘違いしているんじゃない?」
「え? 俺って、人気者じゃなかったの?」と白々しい事を言ってから長四郎は「誰かが事務所に訪ねてきたのか?」と話の本題を切り出した。
「いや、来てないよ」
今度は燐がしらばっくれた。
「怪しいな」
「そんな事ないから。あんたの方こそ、早く犯人見つけて組織潰しなさいよ!」
燐はそう言って、通話を切った。
「なんか、頑張ってね」
店長がコーヒーを差し入れてくれた。
「ありがとうございます。頂きます」
燐が礼を言うと店長は自分の仕事に戻っていった。
そのタイミングで例の女性が、スウェット姿でホテルから出てきた。
燐は咄嗟に写真に残し「店長、また!」そう言って女性の尾行を再開した。