隠密-8
「ヒックッ!」
長四郎はしゃっくりをしながら、事務所に通じる階段を昇っていく。
自分の事務所のドアから明かりが漏れているのが見えた長四郎は「げっ!」と嫌そうな声を出す。
自分が不在の中に事務所に入り込む人間は只一人しかいない。その相手は厄介事を持ち込むのが通例なので長四郎は音を立てないようにUターンをして階段を降り始める。
だが、それを見越したかのように事務所のドアが開き「どこ、行くの!!!」という燐の声に驚いた長四郎は階段を滑り落ちていった。
「痛たたたた」長四郎は自身で擦りむいた肘の怪我を手当する。
「逃げようとした罰よ」
「そんなことしてません」
「信じないね」
「で、今日は何しに来たの?」長四郎はまくったシャツを戻しながら、用件を尋ねる。
「あんた、麻薬の調査してるんだって?」
「してない」
「すぐに否定する時点で、それが本当なことぐらいお見通しなのよ」
「もっともらしい事言っているけど、違うんだよな。これが。というか、ラモちゃんは何、麻薬を追うような事件と出くわしたの?」
「そうよ。実はね、うんぬんかんぬんでね」
「成程。薬物乱用防止教室で薬物中毒の生徒が出て、それが同時多発的に都内各地で起こったってわけか」
「そうそう。で、あんたの方は?」
「俺の方はね」と言いかけた所で長四郎は止めてから「あぶね。あぶね。職務違反するところだった」と言うと燐は悔しそうに舌打ちをする。
「というわけだ。帰れ。女子高生」
長四郎は燐を立たせると、事務所から追い出した。
「ったく、隙もあったものじゃないな」
燐を追い出して、ほっとしているとスマホに着信が入る。
「はい。もしもし」
「どうも、佐藤田です」
「どうも」掛かってくるはずのない相手からの電話で少し声がこわばる。
「女子高生は、そっちに行ったでしょ?」
「ええ、来ましたよ。たった今、追い返しましたけど」
「それは、良かった」と言われ何も良くねぇよ。そう言いそうになった。
「佐藤田さん、そろそろ本題に入りませんか?」
「その本題を素面で話すのはきついから、飲みに行かない?」
飲みの誘いに長四郎は即答で「行きます!!」と答えた。
佐藤田の行きつけの飲み屋だと言うスナックに連れてこられた長四郎。
「いらっしゃい」着物を着た店のママが二人を出迎える。
「どうも。俺はいつもので。探偵さんは?」
「俺も佐藤田さんと同じもので」
そう注文し、テーブル席に腰を下ろした二人。
カウンター席に座る常連客が佐藤田警部補に一曲歌うよう懇願したり、少しの間、楽しいひと時が流れた。
入店し三十分が流れ少し落ち着いた頃、佐藤田警部補が話を切り出した。
「お忙しい中、呼び出しちゃってごめんね」
「いえ、それで例の薬の話ですよね?」
「勘の良い探偵さんで、助かるよ」
「ニュータイプですから」
「え? 本当なの?」
「噓ですよ。それより、佐藤田さん達も捜査することに?」
「うん。貧乏くじ引く羽目になっちゃってね」
「それはお疲れ様です」
「どうも。でさ、少しばっかし、俺たちに協力して欲しいんだよ」
「構いませんよ。但し、条件があります」
「条件?」
「はい。こっちも守秘義務のある中での協力なので、守秘義務に反することはお手伝いできません。それでも、宜しいですか?」
「良いよ。当然の権利だよ。引き受けてくれてありがとう」佐藤田警部補はペコリと長四郎に頭を下げる。
「やだぁ~ 佐藤田さん、若い子に頭下げてるぅ~」店のママが茶化す。
「おい、兄ちゃん。新手のおやじ狩りか?」常連客がそう冗談を言うと「よく分かりましたね。ニュータイプですか?」と長四郎が笑いながら答える。
すると、佐藤田警部補は「認めたくないものだな。自分自身の若さゆえの過ちと言うものを」というシャアの名言を言うと店の中がどっと笑いに包まれた。