隠密-2
燐が学校を早退しようとしている頃、私立探偵の熱海 長四郎の下に依頼が舞い込んできた。
「どうぞ」長四郎は依頼人に自慢の珈琲を出した。
「ありがとうございます」
依頼人の女性は長四郎にお辞儀をして、礼を述べる。
「それで、どのような調査をご希望でしょうか?」
長四郎はタブレット端末をノート代わりにして、依頼内容を尋ねる。
「はい、実はこの人の素行調査を行って欲しいんです」
女性は一枚の写真を見せた。そこには女性と一緒に映っている男が居た。
長四郎はそこで、早い話が浮気調査だろう、その続きを聞くまではそう思っていた。
「素行調査と言っても、その普通の素行調査じゃないんです」
「というと?」
「そのなんて言うんでしょ・・・・・・」奥歯に物が挟まったような言い方をする女性に少しイラッとしながら、長四郎は続きを話すまで待つことにした。
「その・・・・・・ 行方を・・・・・・」
「行方? ですか?」素行調査ではないじゃないか。そう言いたくなったのをグッと堪え「警察に行方不明届は出されたんですか?」そう質問した。
「いえ、出しておりません」
探偵稼業をしていると時たま、こういう依頼があるのだ。訳アリの依頼が。こう言った時の報酬は相場の上を提示されるのが常だ。長四郎は少し浮足立ちながらこう告げた。
「畏まりました。では、行方不明者の捜索を依頼という事で宜しいでしょうか?」
「は、はい」
「では、お名前を教えてください」
「はい、鈴木 頼近です」
「あ、この方のお名前ですね。すいません。質問が悪かったみたいで。貴方のお名前を」
「山戸 霧子と申します」
「山戸霧子さん」長四郎は復唱しながら、タブレット端末にそう書き込む。
「それで、この鈴木さんの勤務先、もしくは居住している家の住所をお教えください」
「それが・・・・・・」
「知らない。恋人ですよね?」
「違います!」結構、強めな口調で否定するので、長四郎はそこには突っ込まない事にした。
「分かりました。手掛かりになるものは、無し・・・・・・か・・・・・・」
どういう切り口から攻めようか思案していると、霧子がカバンからビニールの小袋を取り出し、机の上に置いた。
「何すか? これ」
「これが、彼を探す手掛かりになると思います」
「手掛かりって・・・・・・ 彼、何ですか? 麻薬の売人ですか?」
どう見ても覚醒剤が入っていそうな袋を見て長四郎はそう告げると、霧子は首を横に振って否定する。
「違います。正確に言えば、これは麻薬であって麻薬でない」
その言葉の意味を理解した長四郎は敢えて言わなかった。何故なら、これが法律で麻薬と認定されればそれはもう麻薬になるから。それを行方不明者を探す手掛かりとはいえ持ち歩いていると警察に職務質問された日には牢屋行き確定!! なのだ。
「分かりました。では、これ撮らせてくださいね」
タブレット端末のカメラを小袋を写して写真撮影した。
「ありがとうございました。では、お持ち帰りください」
「いや、これは探偵さんが持っていてください。では、失礼します」
霧子はそそくさと席を立ち、事務所を出ていった。
「あ、あの!!」
小袋を持って追いかけたが、霧子は逃げ足が早かった。長四郎が玄関ドアを開けた時には霧子の姿はなかった。
「最悪だ・・・・・・」
長四郎は天を見上げ、めんどくさい事件に巻き込まれた。そう思いながら先程、座っていたソファーに腰を降ろす。
「多分、偽名だろうなぁ~」
霧子に出した手つかずの珈琲を飲み、鈴木兼近の正体について考えを巡らせる。
売人なのか? はたまた薬物常用者なのか? 分からない事だらけ。
長四郎は口を窄めながら考えを張り巡らせた結果、ある答えを導き出した。
「ここはプロの力を借りよう」
来客用のマグカップを片付けてから、警視庁へと向かった。