小碓武VS浄御原和博 フライ級とヘビー級の対決②
武先輩はそんな浄御原の勢いにも怯まず、前足で牽制気味のインローキックを打ち、浄御原の前進を止めると、その後も数発インローキックを繰り返した。
「テメーの軽いロー何て効くかよ!」
フルコンタクト空手の経験でローキックには慣れているだろうから、武先輩のローなら耐えられるとでも計算したのか、浄御原は前に出た。
またインローキックを打つと思いきや、武先輩は前蹴りとミドルキックの中間の軌道で三日月蹴りを浄御原の胸部に突き刺した。
「ぐっ!」
浄御原も完全にインローキックを意識していたのであろう、そうしたら胸部への三日月蹴りだ。
腹よりも脂肪が薄い場所に点の攻撃で突かれてはダメージを免れない。
再び武先輩が牽制気味にインローキックを放つと、今度は警戒したのか、流石の浄御原も下がったけれど、武先輩の思うさまだった。
武先輩は蹴り足を元の位置より前に下ろし、前に出ると、サイドの安全地帯に大きく移動しながら右ストレートを放った。
このパンチは身長差があるしサイドに移動した事で浄御原の顔まで届かなかった。
でも、これは多分当たっても当たらなくてもいい捨てパンチだった。
恐らく浄御原の目は武先輩の胴体の動きに引きつけられていた為、サイドが死角になっていた。
本命と思われる水平に放たれた右のミドルキックで浄御原の腹を蹴り込むと、体重差があるにもかかわらず、浄御原は「うっ!」と小さく息を吐いた。
「凄い! あの肉達磨のお腹に蹴りを入れてダメージを与える何て!」
香織ちゃんは目を輝かせながら両手を叩いて喜んでいた。
僕以外を応援する香織ちゃんに対して少しイラつきそうになったけれど、今は確かに武先輩の応援をすべき時なのは確かだ。
「多分、顔に意識を向けられたところで正面からキックを打たれて効いたんだろうね」
ボディの打たれ強さの要因として挙げられるのは腹筋、そして脂肪も鎧になるけれど一番大事な要素は呼吸だ。
攻撃が当たる瞬間息を吐くと肺を収縮させ、横隔膜を上にやる事にやり内臓の逃げ場を作る事で肋間筋や腹筋群などが収縮される事により強固となった筋肉のプロテクターで覆われる事によりボディへの打撃を耐えられる。
ボクサーやフルコンタクト空手の選手はこの知識がなかったとしても、タイミングよく息を吐く事でボディへの打撃に耐えられることは経験上知っている。
ところがこの呼吸を間違えて、息を止めようとすると、呼吸を止める瞬間息を吸ってしまう為、このタイミングで攻撃を喰らうと内臓を下に押し付け、肋間筋を離した状態になってしまい、この状態だと圧倒的に打たれ弱くなってしまう。
恐らく武先輩の上段へのパンチに警戒して息を止めてしまい、その瞬間に右ミドルが綺麗に入った事で大ダメージになったのだろう。
「俺は空手の大会で優勝した事もあるんだぞ! その俺が……こんなチビに負けるかよ!」
「それって所詮はキッズの大会の話だろ? 俺だってつい最近キックの大会で優勝したぜ」
流麗ちゃんの話では昔は注目されていたらしいけれど、小学の時の話を何時までも引き摺るのも滑稽な話だ。それに武先輩だってCクラスとは言え、アマチュアキックボクシングのバンタム級のトーナメントを全試合KO勝利で優勝している。
長年空手から離れていた浄御原と、キックのジムではプロ候補として期待されている武先輩とでは技術の差は明らかだった。
「何だと! 死ねやあっ!」
浄御原が脇腹を抉らんばかりに左拳で鈎突きを放つと、武先輩は体を左に回転させながら掌を浄御原側に向けると肘が外に出て、鈎突きを右肘の先端でブロックした。
ボクシングのエルボーブロックという技術で、最も固い肘の先端部でパンチをキャッチすると、相手は嫌がってボディブローを打ちずらくなるという攻防一体の技だ。
「ぐわああああっ!」
拳が骨折でもしたのか?
浄御原は拳を抑えながら悲鳴を上げた。
グローブも嵌めないでタイミングよく裸拳にエルボーブロックされれば、骨折も有り得る。
痛がる浄御原に対して、武先輩は容赦せず左へ捻った体を元に戻す勢いを利用して左フックを打つと、浄御原はグラつきながら後退した。
「オラオラぁ!」
武先輩はらしくもなくオラ付きながら、ショートレンジからのワンツーを打ち、浄御原のガードを上げさせると、隙間から左フックをガードの隙間から捩じ込むようにして放った。
首師高校の足振をKOした時と同じコンビネーションで、あの時は極端に前足を内側に入れて放つ首をもがんばかりの力強いフックだったけれど、足の爪先の向きを前に向けたままの軽めの左フック、恐らく捨てパンチだった。
「調子に乗るな!」
浄御原が負傷していない右拳の逆突きを武先輩に放つ。
でも、これはカウンター狙いの武先輩の誘いだ。
まるでタックルに入らんばかりの低い姿勢で斜めに飛び込むようにしてパンチを躱し、時間差で遅れて入ってくるタイミングでオーバーハンドライトのカウンターを放ち、フックとアッパーの中間の角度から思いっきり浄御原の顎を突き上げると、巨体は後方へ薙ぎ倒され、コンクリートの地面に勢いよく後頭部をぶつけた。
自らの体重が仇となり、頭部をコンクリートの地面に打ち付け、脳震盪を起こした浄御原は鳥の様に両手を仰いだ後、白目を剥いて意識を無くしていた。
フライ級の武先輩が、ボクシングで言えばヘビー級にあたる体重の空手経験者を一方的に倒してしまった光景に、僕は鳥肌を抑える事が出来なかった。




