吾妻香月VS中多翔太⑵ 柔道VS柔道?
「テメー! 騙しやがったな!」
ようやく演技に気付いた中多は怒りに任せ、打たれながらも突進しようとした。
喧嘩慣れしている人間が打たれる覚悟を決めれば、多少殴られようともアドレナリンが分泌される事により、痛みが鈍くなっているので耐えられる。
多分、中多は打たれても耐えながら強引に相手を掴んで投げるか、極めて喧嘩に勝ってきたのだろう。
でも、そんな戦法は素人の喧嘩自慢相手ならとにかく、僕達には通用しない。
間合いを詰めてきた中多に対し、僕は左足に重心を移しながら右足先を25センチ程上がるように膝を上げ、足先を後ろに引き、指先を逸らしながら右足の指の付け根の膨らんだ部分蹴る柔道の前蹴りで中多の前膝を蹴ると、中多は動きを止めた。
そして、足を引き戻した勢いを利用し、後ろ足で地面を蹴りながら強い右ストレートで中多の眉間を打ち抜くと、体がよろめいた。
膝への前蹴りで下半身に意識が逸らされところ、顔面へのパンチを喰らい相当効いた様だ。
キックボクシング等の打撃系競技では基本中の基本とはいえ、恐らく喧嘩では上下に意識を散らされて殴られた経験など無いのだろう。
「この野郎! ウザッテえええっ!」
最早先程の約束など頭にない中多は強引にパンチを打ってきたが、所詮は打撃の素人なのでモーションが大きい。
前足に体重をかけ、頭一つ分左へ頭をずらすヘッドスリップで躱し、一発、二発と右ストレートの連打を返した。
そして、中多が再び反撃しようとすると前蹴りで膝や脛を蹴り飛ばした。
打撃に対しては素人なのか、中多は僕の攻撃を一発も躱す事が出来なかった。
このレベルなら寧ろフェイントが引っかからないので、フェイントなど使わず一発一発を強いパンチで打った方が良い。
僕は特にフェイントをかける事も無く、前蹴りと右ストレートだけで中多を痛めつけ続けた。
「クソっ! テメー柔道じゃねーのかよ!」
今更の疑問を口にしていたけど気付くのが遅すぎる。
一方的に殴られ、サンドバッグ状態の中多は切れた眉間から鮮血を流し始めていた。
プロボクシングの試合でもTKOになるかも知れないし、アマチュアボクシングならとっくにRSCだろうけど、これはボクシングの試合では無い。
中多の目を見るとまだ敵意と闘争心は衰えていない様だ。
同じパターンの攻撃でもずっと続けていれば倒せそうだけど、簡易バンテージしか嵌めていない僕の拳もかなり痛くなってきた。
ならば、攻撃パターンを変えて、一気に決めてやろう。
僕はオーソドックススタイルに構えを変えた。
柔道の使い手相手に至近距離へ接近するのはリスクがあるが、強いショート系のパンチを当てるには覚悟を決めないと。
真っすぐ突っ込んでくる中多を左へステップして突進を躱すと、脇腹よりやや後方を左フックで打つと、中多は「うっ!」と短く息を吐いた。
間髪入れずダブルで放った左フックで顔面を打ち抜くと、中多は浮足立った。
その隙を逃さず、こちらから中多の襟と腕を掴み。襟を取った左手を中多の顎に付けた。
組んでしまえば体格差がある為、中多の方が有利かと思えるけれど、予め僕が前蹴りで散々足を痛めつけていた事と、左フックで意識が飛びかけていて浮足立っている事から、中多に踏ん張りが効かない事を予測していた。
案の定、意識が朦朧としている中多にすかさず密着し、組んだ状態から上体を右サイドに崩すと、中多の左足に重心が移った瞬間、右足を中多の股の間に入れ、右手で右肩を掴み、右足で中多の足を小内刈りで刈ると同時に上体を倒し、そのまま自分の上体をあずけて中多を倒すと、地面に叩きつけた。
流石に柔道経験者の中多は無意識に受け身を取ったが、柔道で言えば綺麗な一本。
柔道の攻防で言えば一本で終わりだけど、これは柔道では無い。
僕はサイドから腹ばいの姿勢で肘と膝を中多に密着し、腹の力を脱力して抑える横四方固めの体勢を取ると、中多は下から両腕を体に廻して両手を組んだ。
恐らく回転して自分が上になろうとしているのだろうけれど、そうはさせない。
中多の首の横に手を置き、前に体重移動すると、前に体移動して上四方に体移動しながら、腿で頭を押さえると中多の組んだ手が外すと、そのまま中多の右腕を脇に挟んで腹を張って体を反って抑え込む。
「離せ……このアマ!」
逃れようとする中多の腕を逃がさない様に脇を締めたまま右膝を中多の脇腹に乗せる、所謂柔術で言うニーオンザ・ベリーで中多の動きを封じると、膝を乗せたまま上体を起こし、中多の腕を取ると素早く足で中多を跨ぎ、足で中多の頭の動きを封じながら両膝を締め、踵で中多の頭を引き付けなら、後ろに倒れる様にして腹を張り、中多の矢指を上に向けるようにして腕ひしぎ十字固めを極めた。
左ボディフック、左フック、小内刈り、横四方固めからフィニッシュの腕ひしぎ十字固め。
ボクシングと柔道の技を繋げたコンビネーションで、元々はボクシング風のパンチを使う空手と柔道を融合させた格闘術を使っていた恵先輩に女子会で教わったコンビネーションだ。
恵先輩や姫野先輩なら強烈な投げからの突きで相手を失神させたりできるが、これが中々難しいので、踏みつけるか関節技をかける練習をしていたのだ。
もっとも、女子会のメンバーは武先輩以外は女の子ばかりなので踏んだりなんかとても出来ないので、自然と関節技の練習が主体になってしまった訳だけれども……。
打撃から投げへの連携は総合格闘技をやっている訳でもない僕には難しかったけれど、小さくて武先輩みたいなパンチ力が無い僕が大きな相手を倒すにはこれしかなかった。
武先輩がNEO麗に移ってしまったので、今後僕が代わりにタイマンする機会が増えるだろうから、今回実戦で試せたのは大きい。
「こっ……降参だ! 腕が折れるうううっ!!!」
中多は殆ど耐える事も無くタップした。




