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吾妻香月の過去③ 拒否

 僕は復讐を誓ってからボクシングを始め、柔道でも今まで練習すらしてこなかった当身を師範から教わる様にした。


 ボクシングは赤銅亮磨先輩が僕の事を気に入ってくれて、よくスパーリングや練習に付き合ってくれたし、柔道の師範も変わり者で当身の研究をしている様な人だったので喜んで僕に技を教えてくれた。


 ボクシングと柔道の技への繋ぎや投げた後の極めは硬式空手の足払いから打撃へ繋げる技術がある澪ちゃんから教わった。


 他にも情報収集と腕試しの為に不良に喧嘩を売ったりしたけど、自分より10センチ以上大きな相手にも負けた事は無かった。


 自分でも大分強くなった実感がある。


 でも、幾ら僕が強くなっても如何しても解決出来ない事があった。



 ◇



「いやああああっ!」


 香織ちゃんが一命を取り留めた翌日、お見舞いに行った時だった。


 澪ちゃんと静江ちゃんの後ろにいた香織ちゃんは僕の顔を見るとパニックに陥って壁際に逃れた。


「かっ……香織? 如何したんだよ?」


 澪ちゃんは蒼褪めた表情で震えている香織ちゃんに対して不安そうに声を掛けた。


「いっ……嫌ぁ! おっ……男の人! 怖い!」


 この一言で香織ちゃんが僕の事を脅える理由を察した。


 男に強姦された香織ちゃんは同じ男である僕の事を怖いと感じてしまっているのだ。


「男って言ってもカズだぞ? 顔は殆ど女みたいなもんじゃねーか?」


 あまり嬉しくないし、むしろ僕にとってコンプレックスなのだけれど、それでも僕の女顔が香織ちゃんの恐怖を少しでも和らげてくれるのならそれでも良いと思ったけど―


「ごっ……ゴメンなさい……でも、カズ君でも男の人かと思うとやっぱり怖いの……カズ君は何も悪く無いのは……分かっているんだけど……カズ君も男だと思うと……どうしてもあの夜の事を思い出して……」


 隅で身を固くしている香織ちゃんは僕と目も合わせようとしない。


「そうだよね。御免ね。香織ちゃんの気持ちも考えないで無神経に会いに来ちゃったりして」


 僕は気持ちを押し殺して精一杯笑顔を浮かべて見せた。


「僕は帰るよ。澪ちゃん、静江ちゃん。香織ちゃんの事を宜しくね」


 僕は振り返りもせず香織ちゃんの部屋から出ると「待てよ! カズ!」と叫ぶ澪ちゃんの声が聞こえてきたけれど、僕はおばさんに挨拶もせず、逃げる様にして香織ちゃんの家を出た。



 ◇



「待てってば! カズ! 待ってくれよ!」


 香織ちゃんの家から走って家を出たけれど、僕よりも足が長くて速い澪ちゃんに追いかけられて直ぐに捕まってしまった。


「ハァ……はあっ! ……澪ちゃんは香織ちゃんの事を看ていてあげてよ!」


「バカ! 香織の事は静江に任せた! 香織も心配だけど、今はお前も心配だ!」


 そう言って澪ちゃんは僕の体を強く抱きしめた。


「澪ちゃんって本当に男前だよね……僕が女の子だったら惚れていたかもよ?」


「んだよ? 女の私にカズが女の子だったら惚れるって変な話じゃねーか? まぁ悪い気はしねーけどな」


「ははははっ……ありがとう」


 情けない話だけど、僕は澪ちゃんに抱かれながら溢れる涙を抑える事が出来なかった。


「カズ……香織の事を恨まないでやってくれ」


 澪ちゃんは情けない僕の事を笑いもせず、僕の背に廻した手でポンポンと軽く叩いた。


「うん……分かってる。悪いのは……香織ちゃんを……香織ちゃんを……あんな風にしてしまった奴等なんだから……」


 澪ちゃんは僕が香織ちゃんの事を好きな事に気付いているみたいだ。


 だから僕の悔しさを理解してくれているみたいだ。


「なぁ……カズ。暫くすれば香織も前みたいにカズと普通に話せるようになると思う。だから、その時まで香織の事を気長に待ってやってくれ」


「うん。分かったよ」


 香織ちゃんが傷ついている時に何もしてあげられないのはつらいけど、時間を空ければ元通りの仲に戻るだろう。


 でも、それは甘い見通しだった。

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