『麗』解散?
「よぉ、楽しそうだな」
背筋が凍るような声に俺は自然と朝礼の時に気をつけの号令を掛けられた時の様にビシッと姿勢を正して麗衣に向き合うと、彼女の顔を見て、俺は浮かれた気分が一瞬で吹き飛んだ。
「麗衣、大丈夫か?」
麗衣は昨日病院に行った際は直ぐに手術を行う事になった。
何時になるか分からないとの事で、俺達は麗衣に帰る様に促され、止むを得ず帰途についた。
その為、麗衣の診断結果を皆知らなかったが、眼帯を着け、顔の至る所に絆創膏が貼られた麗衣の痛々しい顔を見て、今まで俺を弄っていた皆までシンと静まり返ってしまった。
「平気……とは正直言いづらいけれどよ、何だよ! 揃いも揃ってシケたツラしてんなぁ……、武は昨日のヒーローなんだから、ちやほやされて当たり前だし、あたしから煩い事は言わねーよ」
麗衣らしくない言い分に、俺は逆に嫌な予感がした。
「麗衣。そんな事より、傷の具合は如何なんだ?」
「ああ。一人一人に説明するのは面倒だから、全員集まったら説明してやるよ」
◇
入院している勝子とNEO麗の神子以外のメンバーが全員集まると、麗衣はおもむろに説明を始めた。
麗衣の話によれば、亮磨先輩と喧嘩した時と同じ様に、鼻骨骨折と口唇裂創、他にも顎と肋骨にもヒビが入ったらしく、口唇裂創が全治二週間以外は全治三週間という診断結果だった。
というか、そんな状態なら入院しそうなものだけれど、遅刻もせずに学校に来れた麗衣はどれだけタフなんだ?
「曲がった鼻を真っすぐに戻す為に、まーた鉄の箸みたいなのを鼻に突っ込まれてよぉ……棒を突っ込まれた時の音が直接耳の中に響いてたし、麻酔が効いてるのか効いてねーのか知らねーけど、殴られて折られた時よりずっとイテぇんだよなぁ~」
喧嘩自慢が自分の傷を勲章の如く誇るかのように話し、麗衣は笑ったが、麗衣以外の全員は笑えるような雰囲気では無かった。
「まっ……こんな事は何回か経験してるから良いんだ。それよりか、こんな話をしに来たんじゃなくて、重大な決定があるから聞いて欲しい」
「重大な決定?」
「ああ。暴走族潰しのチーム『麗』は本日この時を以って解散する」
唐突な宣言に、皆の間でざわめきが起こった。
俺は恵の方を見ると、恵の方も同じことを考えたのか? 俺に視線を向けていた。
「恵? 聞いていたか?」
「いいえ。今初めて聞いたよぉ……武君も聞いてないの?」
「いや、俺も聞いてない」
そもそも、今の俺はNEO麗所属なので、麗に関する重要な話は勝子不在の今、事実上の最高幹部である恵にしか情報が行かない筈だ。
その恵が知らないという事は、麗衣は今まで誰にも伝えていなかったという事か?
つまり、誰にも相談せず麗衣一人の一存で決めてしまったという事か?
「皆、突然の話で驚いているのかも知れねーけど、如何か落ち着いて聞いて欲しい」
麗衣の一言で皆が静まり返ると、麗衣は柵に寄りかかりながら説明を始めた。
「知っている奴は知っていると思うけど、『麗』の活動目的は交通事故に遭った弟の敵を取るためで、それで今まで片っ端から珍走を潰していた。『麗』結成以前、犯人は暴走族、それだけの手掛かりで、あたしは一緒に暴走族を潰してくれる仲間を集めようとしていたし、男子に通用するか腕試しも兼ねて学校の不良どもに喧嘩をふっかけたりしていた。それが中防の時の話だ」
ここまでは俺も知っている内容だ。
「そんな時にあたしが例の柏や阿蘇に私刑を喰らってボコボコにされた後、勝子はあたしの為に『麗』を立ち上げて単独で暴走族狩りの活動してくれていた。後からその事を知って、それを善意で止めようとした姫野が勝子とぶつかったり何だかんだありながらも、あたしと姫野も『麗』に加わった」
そう言えば、昨日勝子は自分が麗を創ったと言っていたな。
麗衣が創ったチームとばかり思っていたけれど、こう言う経緯があったのか。
「まぁ、創設時はあたしも弱かったから、少し活動を待って貰って、アマチュアキックで優勝して強さを証明するまで活動らしいことはしてなかったけれどな。で、本格的な活動は鮮血塗之赤道と喧嘩をし始めてからで、このすぐ後に武が加わって、天網との激突、それがきっかけで澪と恵が仲間になって、恵の紹介で香織、香月、静江が仲間になって、今に至るのが麗の歴史だ……痛っ!」
「大丈夫か? 無理するなよ」
口唇裂創で唇を縫った麗衣はあまり長い事喋ると傷が痛むのだろう。
俺が声を掛けて寄ろうとすると、麗衣は軽く手を上げて制した。
「大丈夫だ。ワリィな気を遣わせちまって……でも重要な事だから、如何しても口で直接テメーラに伝えないと駄目な事だしな」
麗衣はそう言って、麗のメンバーを見渡すと、少し寂しそうな表情を浮かべた。
「さっきも言ったが、麗は今日、この時を以って解散する」
「如何してなんだ、理由は?」
俺が訪ねると、麗衣はもう一回メンバーを見渡し、寂しそうに言った。
「ここに勝子が居ないだろ? それが理由の全てだ」
理由を聞かされ、恵は戸惑いながら訊ねた。
「たっ……確かに周佐さんが居ないのは凄く大きな痛手かも知れないけれど、それでも今の私達の戦力なら暴走族に充分対抗できる戦力があると思うよ?」
「そうだよ。それに、あーし達NEO麗も協力するし、タケル君の敵討ちを諦めちゃうの?」
流麗も恵をフォローして言ったが、麗衣は首を横に振った。
「確かに勝子無しでもやっていける程戦力は充実しているけれど、そういう意味じゃないんだ」
「如何しても勝子が居ないと駄目って事か?」
俺の問いにも麗衣は首を横に振った。
「そうじゃなくて、第二、第三の勝子を生みたくないんだよ」
「第二、第三の勝子?」
「つまり、このまま暴走族狩りなんて続けていたら勝子みたいな目に遭う奴が増えるかも知れない……そこまでして、あたしの我儘に付き合わせる訳にはいかねーだろ?」
麗衣が辛そうに言うと、香織は「違います!」と鋭い声で否定した。
「我儘なんかじゃありません! 『麗』はアタシの拠り所でした! それに『麗』があったからこそ、アタシを凌辱した連中への復讐を遂げられました。今度はアタシにお礼をさせて欲しいです!」
「そーだぜ麗衣サン。俺達も結局は『麗』を利用していた訳だから、麗衣サンも俺達の事を使ってくれても我儘なんて言わねーよ」
「わっ……私も、怖い事もありましたけれど、皆さんと一緒に居て楽しかったですし……素敵な麗衣先輩と一緒に過ごせて嬉しかったです。だから、『麗』を解散してほしくないです」
香織の発言に澪も賛同し、静江までも解散して欲しくない旨を述べると、吾妻君も続いた。
「僕も武先輩に対しては勿論ですが、麗衣先輩にも恩返しをしたいと思っています。だから幾らでも利用してくれて構いませんよ!」
一年生組の心は一致団結して揺るぎが無い。
「麗衣さん。危険な事は充分承知の上で皆着いて来ているんだから、我儘でも良いと思うよ」
恵も一年生組の意見を後押しした。
「麗衣……大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、俺も麗衣に救われたあの日から、この命はお前の物だと思っている。だから、俺の事は駒として好きに使えばいい」
まだ流麗に話していないのでフライング気味の発言だったが、勝子が居なくなったので俺は麗に戻して貰う事を考えていた。
「ええっ! 武っチ麗に戻るつもりなの?」
当然の事ながら、流麗は抗議の声を上げた。
「悪いな、勝子が居ないなら、せめて俺が麗衣を側で支えてやりたいんだ」
俺が流麗を説得しようとしたが、その前に麗衣は怒鳴り声を上げた。
「止めろ! テメーラに何を言われても、あたしの決意は変わらねーよ!」
「如何してなんだ? 皆、麗衣には恩義を感じているし、俺も麗衣のしたい事を助けてやりたいんだ!」
「その気持ちはありがてーよ。でもなぁ……今回の件では下手したら死人が出たかも知れねーんだぞ?」
麗衣は両手で顔を抑えると涙声を出した。
「勝子が撃たれたのはあたしのせいだ……あたしが、あたしの復讐劇に勝子を巻き込んじまったからだ。勝子があたしに係わらないで、『麗』も創らなきゃ、今頃とっくに日本代表になっていたかも知れないし、勝子の夢も叶ったかもしれない……それを……その可能性を……あたしが絶っちまったんだよ!」
それに関しては俺も責任があると思う。
伊吹が俺を狙った理由が、アイツの兄貴とやらのお気に入りだからとの事で俺には全く思い当たる節が無いが、勝子が撃たれたのは俺の関心を引く為だったとすれば、寧ろ俺のせいと言ってもいい。
「とにかく、『麗』はこれっきりで解散だ。今後『麗』として活動する事はねーからな……今後は皆、プロ目指すなり、大会の優勝目指すなりで頑張れよ。テメーラなら何処の試合に出ても通用するだろうからな」
俺達が反論の声を上げようとすると、ホームルーム開始五分前を知らせる鐘が鳴った。
「ホラ! もうすぐホームルーム始まるから、遅れるなよ!」
ヤンキーらしからぬ台詞で俺達を教室に戻る様促した。
これでこの話題は終わりだと言わんばかりに俺達の反論の機会を封じられたが、この場は取りあえず麗衣の言う事を聞くしかなかった。
『麗』結成の経緯につきましては姉妹作「魔王の鉄槌~オーバーハンドライト 最強女子ボクサー・周佐勝子の軌跡」に詳しく載っていますので、まだご覧になられていない方は是非そちらもご覧ください。




