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小碓武VS伊吹尚弥⑸ 素手対拳銃

「まさか卑怯とは言わねーよな?」


 伊吹はゆっくりと立ち上がりながら言った。


「……警察から奪ったとか言う銃は弾を撃ち果したんじゃないのか?」


 聞いていた話と違う。

 あと一歩と言うところで形勢が逆転し、冷静さを取り繕うので精一杯だった。


「奪った拳銃が一丁だとは限らねぇだろ? 何せ何処の街にも警察マッポなんて存在するからなぁ、ワザワザあちらさんから武器を提供してくれて有難いこった」


「つまり、襲われた警察マッポは一人じゃないって事か……狂ってるぜ!」


「ありがとよ。最高の誉め言葉だぜ。だが、その俺相手にここまでやり合えたお前も中々のモンだったぜ。テメーも褒めてやるぜ。俺をこれだけ追い詰めたのは小碓……テメーが初めてだぜ」


「いや……お前はワザと倒されたフリをしてトランクの中の銃を拾ったんだろ?」


「流石だな。正解だ。まぁ、気付くのが少しだけ遅かったのがテメーにとって運の尽きだったがな。正直あのまま殴り合っても良かったんだけどよぉ、まだ俺はお前の事を諦めていないんだぜ?」


 そう言いながら伊吹は拳銃のハンマーを下ろすと、かちりという音が鳴り響いた。


「如何いう事だ?」


 俺が聞こうとすると、伊吹は俺の足元に銃を放った。


「ひいっ!」


 香織が恐怖の悲鳴を上げたが、これは脅しである事が分かっていた俺は何とか恐怖を抑え込んだ。


「ほぉ……モノホンの銃だと知っても動じない様に見せかけるだけでも大したもんだ」


 恐らく、()()()()()は殺す気が無いから敢えて脅しの空砲を撃ったのだろう。

 

 これが、脅しから本気に変わる前に決着をつけねばならない。


 反撃のタイミングを見誤ったり、下手に怒らせてしまえば殺されないにしても勝子の様な目に遭う事は充分考えられる。


 その為、行動を慎重しなければならない。


 俺は目測で伊吹との距離を測った。


 トランクの近くに立っている伊吹とは二歩ほど距離が離れている。


 飛び込んでタックルを仕掛けても、その前に撃たれるのがオチだ。


「如何すれば良い」


 俺は両手を挙手して降伏のポーズを取った。


「「伊吹! テメー!」」


 麗衣と環先輩が駆けつけようとするが、伊吹は「おっと動くな!」と言い放ち、銃口を麗衣達に向けると、彼女達の表情に脅えが走り、足を止めた。


「下手に動けば小碓を撃つぞ。小碓! テメーも後ろを向け!」


 この距離に居る限り、俺は逆立ちしても銃には勝てない。


「分かったから。だから撃たないでくれ」


 俺は諦めたフリをして後ろを向いた。


 無防備の俺を撃つのか? それとも交渉を続けるか?


 ここから先、伊吹が如何出るのかは運否天賦うんぷてんぷの賭けだ。


「小碓。これで聞くのは最後だ。俺と手を組め」


 後ろから伊吹の声が近づいて来る。


「そして、兄貴を一緒に潰そうや」


 幸いな事に伊吹は俺に対して敵愾心よりも味方にしたいと思っているから、渋ったところで、すぐには撃って来ない筈だ。


「俺に何のメリットがあるんだ?」


「金をやろう。三千万で不服なら、いずれ五千万でも一億でも、払ってやってもいい」


 後ろから伊吹の吐息が掛かる距離まで近づいてきた。


「それにお前程の実力があればアマチュアの試合や暴走族相手のお遊びじゃ全然満足できねーだろ? お前は俺と同じ人種だろ?」


 そして、硬い銃口が俺の背に触れた。


「お前には今まで以上のスリルと快感をくれてやる。だから俺と一緒に来い」


「確かに悪くねぇ話だ」


「武! まさかテメー!」


 俺の返答を意外に感じたのか? 麗衣は悲痛な声を上げた。


 心配するな。


 お前を失望させるような事だけは絶対にしない。


「でもよぉ、テメーに着いて行っても麗衣や勝子、それに流麗や『麗』と『NEO麗』のメンバーも居ない訳だし。やっぱり面白くねーわ。それにな……何より俺はテメーが許せねぇんだよ!」


 俺のはっきりとした拒絶を聞き、今度こそ伊吹は諦めた様だ。


「ほう……そうかい。折角テメーとなら仲良くやれると思ったんだが……残念だ」


 伊吹の声に殺意が籠ったその時、俺の体は動いていた。


 俺は足を動かさず、その位置で体を右斜めに捻ると同時に、伊吹の銃を持つ右腕を払い銃口を避けると、銃声がロビー内に鳴り響いた。


「何?」


 まさか背後に銃を突き付けられながら抵抗をされるとは思わなかったのか、あるいは躊躇していたのか分からないが、発砲のタイミングが遅れ九死に一生を得た。


 俺が左足を伊吹の右足の外側に踏み込みながら、右腕で伊吹の右腕の下から前腕を抱え込むようにして強く引き付け、伊吹の体を制すると、驚愕の表情を浮かべていた。


 俺は左手で親指を上にして拳銃を握り、抱え込んでいる伊吹の右前腕をさらに強く引き締め、身体を右に捻りながら左手でその拳銃を左下の方にもぎ取る様にして奪い取った。


「バカな!」


 拳銃をあっさりと奪われ、呆気に取られている伊吹の額を拳銃のグリップエンドでブン殴ると、額が割れ、流石の伊吹も両手で額を抑え込んだ。


「麗衣! 預かっていてくれ!」


 俺が拳銃を麗衣に向かって放り投げた。


「おっと! あぶねーよ!」


 麗衣は慌てて拳銃をキャッチした。


「まさか、講道館護身術!」


 吾妻君は感嘆の声を上げていた。

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