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小碓武VS伊吹尚弥⑷ こんなモンじゃねーだろ?

「相手が何を打ってくるのかさえ分かっていれば、カウンターぐらい簡単なパンチは無い」


 フレディ・ローチ*

 2006年3月25日、神戸・ワールド記念ホールでWBC世界バンタム級タイトルマッチが行われた。


 世界王者の長谷川穂積は2度目の防衛戦で、11か月前にベルトを奪った前王者ウィラポン・ナコンルアンプロモーションとの再戦が行われる事になった。


 ウィラポンは日本ではカリスマ的な人気を誇った辰吉丈一郎からベルトを奪い、再戦でも彼を叩きのめし、後のWBC世界スーパーバンタム級王者で「モンスターレフト」の異名を持つ西岡利晃を四度も退け、世界タイトルを15度防衛した強豪中の強豪だった。


 この試合で、長谷川はラウンドが進むにつれて有利な展開で試合を進めていたが、第7ラウンドと8ラウンドでウィラポンがボディーブローに活路を見出し、巻き返しを図った。


 そして運命の第9ラウンド迎える。


 長谷川はサウスポースタイルからのいきなりの左ストレートを放つと、ウィラポンはこのパンチに合わせ、右パンチを返した。


 だが、これは長谷川の誘いだった。


 長谷川はヘッドスリップしてウィラポンの攻撃を躱しながら放った右フックのカウンターがクリーンヒットすると、ウィラポンは前のめりにダウンし、立ち上がれないウィラポンをみてレフェリーはカウントを止めた。


 この時の長谷川の放ったカウンターはウィラポンのカウンターに対するカウンター返し、つまりクリスクロスと呼ばれる高度なテクニックだった。


 この勝利を機に長谷川穂積は日本の歴代ボクサーの中でも屈指の名王者として勇名を馳せるようになったのだ。



 ◇



「なっ……今のは!」


「凄い……」


 吾妻君も環先輩も何時の間にか失神から覚醒して、俺の喧嘩を観ていたのか?


 二人とも驚愕の表情を浮かべていた。


「スゲーな……今のクリスクロスってヤツだよな? プロボクサーでも滅多に打てないようなパンチだろ? しかもファントム・パンチを掻い潜って合わせるなんて芸当出来るモンかよ?」


 麗衣も驚愕の声を上げていた。


 クリスクロスなんて相手のパンチを見て出来るものでは無いだろう。


 だが、相手が()()()()()()()()()()()()()事を予測さえ出来れば難易度は下がる。


 俺は長谷川穂積と同じ様に、先ず奥手の左ストレートを打った時、俺の頭を前足の上にワザと移動させ、伊吹のカウンターを誘った。


 案の定、伊吹がリターンでファントム・パンチを返してくるのを()()()()、ファントム・パンチに備えヘッドスリップしながらオーバーハンドライトを叩き込んだのだ。


 世界暫定王者を倒したと言う伊吹はファントム・パンチに絶大な自信を抱いていただろうから、絶好の位置に俺の頭があれば狙ってくるのは必至だ。


 俺はそれを逆手に取り、ファントム・パンチに合わせ、渾身のカウンターを叩き込んだのだ。


 だが、来るのが分かっていても、ジャブの引きよりも速いファントム・パンチにカウンターを返すのは勇気がいる。


 それに伊吹クラスならチャンスも一度しかないだろうから、利き腕の右腕を相手により近い位置に構えるサウスポースタイルで、左ストレートを引き始める前にヘッドスリップしながら、俺の最強の拳であるオーバーハンドライトを放つ事でファントム・パンチのスピードに対抗したのだ。



「まっ……マジかよぉ……あのファントムがやられるなんて」


 脇腹を抑えながら柏が蒼褪めた表情を浮かべていた。


「ばっ……バケモンかよ……」


 既に覚醒していた阿蘇も恐怖に満ちた顔で俺の事を見ていた。


 この場に居る誰もが俺の勝利と伊吹の敗北を信じて疑わなかった。


 これで喧嘩は終わりという空気だったが―


「立てよ伊吹。こんなモンじゃねーだろ?」


 この程度で許す気は無いし、伊吹だってコレで終わらせる気なんか全く無いだろう。


 案の定、伊吹は片膝を突きながら、ぬらりと立ち上がった。


「今のは効いたぜ……でも、本当の殺し合いはこれからだって、よく分かってるじゃねーか!」


 フラフラとした足取りを見せながら、不意にスイッチして強烈な左ミドルキックを放ってきた。


 ヨック・バンのガードが間に合わず、俺は咄嗟に腕を上げてガードすると、鉄パイプで殴られた様な衝撃に襲われた。


「武! 気を付けろ! ソイツはムエタイ経験者だ!」


 こんなふざけた威力のミドルを喰らえば、麗衣の言葉を聞くまでも無くそんな事は理解出来た。


 試合でもスパーリングでもこの威力のキックは喰らった事が無い。


 こんな蹴り、数発も喰らえば腕が破壊されてしまうだろう。


「如何した? テメーも柔らかい脛で防いでみろよ!」


 伊吹はミドルキックを打つ為、再びスイッチをした。


 俺は覚悟を決めて伊吹の左足が上がる瞬間に左足を深く踏み込み、右足を引き寄せ、身体をミドルキックのインパクトからずらすと、同時に右フックを打ちこんだ。


 伊吹はスリッピング・アウェーでダメージを殺したがバランスを大きく崩した。


 俺は膝関節のスナップを効かせ、巻き付けるように足の甲で引っ掛けるようにして伊吹の脹脛を蹴った。


 そして、鞭のように足をしならせ、一発、二発と立て続けにカーフキックを連打した。


「クソっ!」


 伊吹は膝を上げてカーフキックをカットしようとしたが、真っすぐに上げられた足はカーフキックの餌食だった。


 如何やらMMAから輸入した技術であり、ここ数年間でキックボクシングでも使われるようになったカーフキックを受ける技術が伊吹には無い様だ。


 三発、四発とカーフキックを繰り返すと、バランスを崩した伊吹は地面に倒れると、札束が入ったトランクにぶつかり、伊吹の腕に当たったトランクからバラバラと札束が散った。


「ファントムとやらはこんなもんかよ!」


 これじゃあ、呆気なさすぎるだろ?


 こんなはずが無い。


 嫌な予感がするが、勝子の事を思えばこの程度で済ますつもりは無いという怒りが先立ち、追撃の手を緩めなかった。


 それにボクサーか、あるいはムエタイの使い手である伊吹はグランドの技術は皆無に等しいだろうから、チャンスではある。


 いずれにせよこれを逃したら、コイツの事だからカーフキックにも対応してきそうだし、弱っているとは言え伊吹を倒すのは難しいかも知れない。


 俺が倒れた伊吹に接近し、マウントを取ろうとした、その時だった。


 不意に冷たい銃口が俺の胸元に向けられ、俺は追撃を止めざるを得なかった。


「本当にテメーは大したもんだぜ……でもよぉ、コイツは殺し合いだって言っただろ?」


 伊吹は狂気に満ちた表情で笑みを浮かべていた。

*フレディ・ローチ

(1960年3月5日 - )アメリカ合衆国のボクシングトレーナーであり元プロボクサー。マサチューセッツ州デダム出身。アイルランドとフランス系カナダのアメリカ人。マニー・パッキャオのチーフ・トレーナーを務め、数々のビッグマッチを勝利に導いた。他にもミゲール・コットやホセ・ベナビデスや総合格闘技の元UFCウェルター級王者のジョルジュ・サンピエールのトレーナーを務めており、ボクサーだけでなく総合格闘家にも積極的に指導を行なっている。過去には2階級制覇をした女子ボクシング元世界王者のルシア・ライカのトレーナーも務めていた。

 Wikipediaより

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― 新着の感想 ―
[一言] いつも楽しませていただいています。 いやー、ずっと熱い展開でしたが最後にそう来ましたか。 いつの間にやら銃の補充をしていたのですね。 カウンターをワザと打たせる。 これ、実際凄い怖いです…
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