美夜受麗衣VS伊吹尚弥 とんでもねぇクソゲー
「オイオイ拍子抜けすんな……お前等こんなのでよく今まで暴走族潰し何て名乗れたモンだなぁ?」
「……くっ!」
知らず知らずのうちにあたし……美夜受麗衣は後ずさりしていた。
情けねーけど、逆立ちしたって、あたしが敵う相手じゃねー事を本能が悟っちまったみてーだ。
「まぁ、無理ねーよなぁ。今まで格闘技使う奴でも練習生か、プロって言ってもグリーンボーイに勝った程度で調子に乗っていたら、俺みたいな世界王者クラスを目の前にして初めて現実を知ったってところだよなぁ?」
ゲーム好きだった弟のタケルがこの場に居たら、ラスボスを倒した後に登場する隠れボスが中盤に突然登場する様な「とんでもねぇクソゲー」とか言い出しそうなバランスの悪さだ。
だが、コイツはゲームじゃねぇ。
このクラスと喧嘩する事なんて宝くじに当たるよりも低い確率かも知れねーけど、ゼロでは無い可能性は考慮すべきだったか。
「オイオイ……柏をヤッた時のイキリ顔は如何したんだよ? まさか戦意喪失でもしたのか?」
「ふざけんな! テメーは……テメーだけは許さねぇ!」
「その意気だぜ。でもよぉ、お前じゃ弱すぎて相手にならねぇから三分間だけ、手加減してやるよ」
「手加減だと?」
「ああ、オカマとデカ女を倒した攻撃は三分間封印してやる。それなら少しは楽しめるかも知れねーしなぁ♪」
そんな事を言いながら、伊吹がスマホを弄り出すと、三分に設定したタイムウオッチの画面をあたしに見せた。
「三分間だけ遊んでやるから、かかって来いよ。よーいドンだ!」
そう言いながらスマホの画面に触れると、タイムウオッチが残りの時間を刻みだす様を見せてから、伊吹は近くにあったボロボロのソファーに乗せた。
「舐めんじゃねーぞ!」
恐怖を怒りが上回り、あたしから攻撃の口火を切った。
スキップするように左足で地面を蹴る。
その反動でそのまま前足も強く踏んで蹴り足にパワーを乗せ、大きく左手を振り上げ弓のようなカラダのしなりを作り、矢が放つような超高速の左ミドルキックを伊吹の腕に叩き込むと、骨と骨の衝突する高い音がロビーに響き渡った。
「うらあっ!」
反撃を許さぬように、立て続けに二発、三発と腕を圧し折るつもりで叩き込む。
四回戦だろうが世界王者だろうが、ボクサーがキックのガード何かできやしねぇのは変わりねぇ!
ビビる事はねぇ。
ボクサー相手ならば腕を折っちまえば相手は何も出来ないはずだ。
「如何したコラあっ! 手加減とか言ってる場合じゃねぇだろうよ!」
四発目を叩き込むと、防戦一方のはずの伊吹が口元を吊り上げながら言った。
「成程な……これじゃあ柏程度に苦戦する訳だ」
「何だと!」
「本当の事を言っただけだぜ」
トコトン舐め腐りやがって!
世界暫定王者を倒したとはいえ、所詮はパンチしか使えねーなら、あたしのミドルを腕で受けるしかねぇだろうが!
「その腕をぶっ壊したやらあっ!」
渾身の左ミドルを伊吹に放った。
すると、伊吹は右腕のガードを内側に絞りながら、サイドに移動し左手であたしのキックを払い、ダメージを逃すと、左フックを返して来やがった!
あたしは咄嗟に右腕を上げ左フックをブロックするが、左フックを防ぐ為に空いたスペースを突いて右ストレートがあたしの鼻を潰した。
「ぶっ!」
柏に折られたっぽい鼻を再び打たれた激痛で顎が上がると、そこへ間髪入れず右アッパーが放たれたが―
「おっと! まだ三分経ってねーのにコイツを当てちまったら終わっちまうなぁ?」
寸止めで拳を止めやがった。
「舐めやがって!」
あたしが右ジャブを連打で突きながら接近すると、伊吹はセオリーである外を取らず、寧ろ内側に入ってジャブを突き、あたしのガードのインサイドを突いた。
「くっ!」
ジャブと言っても女子のストレートの威力を遥かに超えるパンチに意識が飛ばされそうになった。
でも、この位置は伊吹にとっても左ストレートを貰いやすい位置だからチャンスでもある。
あたしが返しに左ストレートを打つ。
だが、ヘッドスリップでするりとパンチを躱し、右ストレートを返して来た。
普通はサウスポーの内側に立つ事により、左ストレートを喰らいやすくなるのだが、防御に自信があって左ストレートの注意を払っていれば、オーソドックススタイルの攻撃を当てられる距離でもあるのだ。
柏のパンチが石で殴られた様な衝撃であれば、コイツのパンチは鉄アレイで殴られた様な衝撃とでも言うべきだろうか?
喰らった瞬間脳裏に激しく火花が散り、地面に尻餅を着いてしまった。
手加減をされながらも、全く伊吹の相手にならないあたしを見下ろしながら伊吹は告げた。
「如何するか? もう降参して大人しく小碓に助けでも求めたら如何だ?」
「ケッ! だから武は留守番で、テメーはあたしがぶっ倒すからアイツの出番はねぇって言ってるだろうが!」
あたしは膝に手をかけて、気合だけで立ち上がったが膝がガクガク行ってる。
「このまま続けたら、整形が必要になるかドランカーになるぜ?」
「勝子の事を思えば……テメーを殺せたら構うもんかよ!」
「大した根性だな……その気概だけは認めてやるよ。でも、御得意のミドルも俺には通用しないぞ?」
確かにボクサーの伊吹が何処で覚えたのか分からねーけど、さっきのミドルキックは完璧に捌かれた上にカウンターまで喰らっちまったので、ミドルキックで腕を潰すのは難しそうだ。
ならば最近取得した寝技に持ち込むか?
いや、コイツが環と戦っていた時のステップを見れば、覚えたてのタックルを決めるのは困難だろう。
だから、テイクダウンを奪って柔術の寝技に持ち込むなんて展開は望めそうにない。
でも、付け焼刃の総合の技なんか使うまでも無く、典型的なボクサー潰しの技はキックに存在する。
「うらあっ!」
右の軸足で踏み込み腕で顔をガードしながら左のインローキックを蹴ると、皮を引っぱたく様な高い音が響き渡った。
「ボクサーなんざローキック打ってりゃあ良いんだよ! その足、叩き折ってやる!」
更に追い打ちを掛けるように右ローキックを放つ。
すると、信じ難い事に、伊吹は膝を上げ、肘を付けるヨック・バンというムエタイの防御技であたしの右ローキックをカットしやがった。
「痛っ!」
しかも、伊吹の脛は鉄パイプの様に硬く、蹴ったこちらの方が痛みを感じた。
まるでタイ人のムエタイ選手の様な脛の硬さだが、これは素人の脛じゃない。
「美夜受、脛がやわらけぇなぁ? そんなんじゃあ、タイのガキの方がまだ硬いぜ」
「てめぇ……まさか、ムエタイも使うのか!」
「元々はムエタイが本職だぜ。俺は中一の頃まで、親父の都合でタイで暮らしていてよぉ、アマだけど百戦ぐらい経験したぜ」
「なっ! 百戦だと?」
あたしの小学時代の空手が三十五戦程度。キックやグローブ空手を含め、今までの全てのキャリアで五十戦ちょいなのに、コイツは中一でその倍近く試合を経験してたって事か?
「コイツはサービスだ。久々に蹴るけど本場仕込みのミドルを教えてやるから、しっかり受けろよ」
まるでトレーナーの様な事を言い出すと、左右の足をスイッチさせ、身体を沈めながら左手を大きく上げ、身体を伸びあがらせるように軸足のバネを効かせ、左手を振り下ろす反動でノーモーションの素早い蹴りを放った。
あたしは咄嗟にヨック・バンでカットしたけれど、鉄パイプをフルスイングされたような威力にバランスが崩され、後ろによろめいた。
「なっ……何なんだよ……このふざた威力は」
パンチでもキックでも伊吹はあたしを遥かに上回っているという現実を思い知らされ、あたしは絶望した。
そんな状況の中、一矢も報いる事も出来ずにタイムウオッチの音が無情にも鳴り響いた。
まったく……とんでもねぇクソゲーだよ。
「さぁて……タイムオーバーだなぁ?」
伊吹は無情な死刑宣告を笑いながら言い渡して来やがった。
この後、如何やって伊吹にやられたのかすら覚えていない。
あたしの伊吹との喧嘩の記憶はここまでで途絶えた。




