魔王の鉄槌
俺と澪が立国川ホテルに到着すると、既に駐輪場で乱闘が始まっていた。
「コイツ等、もしかして邊琉是舞舞か? 如何して皆と喧嘩しているんだ?」
ゼファー400から降りて、ヘルメットを脱いだ澪は首を傾げたが、時間が無い。
俺もヘルメットを脱ぎ、乱闘の輪に加わろうとすると、「待て!」とリーダーらしき一人の男が俺を制し、声を掛けて来た。
「お前が小碓か?」
「ああ。俺が小碓だ。それより伊吹は何処に居る? アイツに用がある」
「伊吹さんはこの先のロビーに居るぜ。お前が来たら通せと言われている」
「そうかい。じゃあ、お前等に用はない」
俺がさっさと男の横を通ろうとすると、俺の肩に手をかけてきた。
「一寸マテやぁ。確かに伊吹さんにはお前を通せと言われているが……お前みたなチビがあの人を相手に出来るとは思えねーなぁ」
背の低い俺を見降ろして、口元を吊り上げた。
「だったらどうするつもりだ?」
「俺と勝負しろよ……ぐふっ!」
パンチが届く距離に居るくせに無駄口が多いんだよ。
左腕を曲げ、タメの反動を利用し腰を回転させ、男の腰の下側から放ったパンチが男の肝臓に突き刺さり、男は体を丸めていた。
そして、右拳をフックの様に肩に拳を掲げ、簡易バンテージを嵌めた右拳で男の顔を山なりの軌道で放たれたオーバーハンドライトで打ち抜くと、男は血と折れた歯を盛大にぶちまけながら、まるで交通事故に遭ったかのように吹っ飛んだ。
受け身の一つも取れず、派手にぶっ倒れた男は今の衝撃で前歯が無くなった口を大きく広げながらビクビクと痙攣していた。
その様子を見て、麗のメンバーを含め、誰もが凍りついていた。
「ひいいっ! さっ……魔王の鉄槌かよ!」
俺のオーバーハンドライトを見て、敵の一人が脅え切った様子でそう叫んだ。
コイツ。俺の事を勝子と勘違いしていないか?
あるいは俺のパンチが勝子と同等だとでも思ったのだろうか?
そりゃあ俺が嵌めている簡易バンテージには勝子の無念の想いが込められているから、勝子の異名である魔王の鉄槌と見違えるだろう。
「澪。この場は任せる。俺は伊吹にコイツをぶちかましてくる」
「ハイ! コイツ等全員ぶちのめすんで、小碓クンも絶対負けるなよ!」
俺は最近使っている拳サポーターではなく、敢えて嵌めていた勝子から貰った簡易バンテージを嵌めた手を見せて言うと、澪は大きく頷いた。
邊琉是舞舞のメンバー達のど真ん中を歩くと、モーゼの祈りが引き起こした奇跡のように人垣が割れ、大人しく俺に道を開けた。
今の俺を見て襲い掛かろうと等と言うバカは誰も居なかった。




