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吾妻香月VS阿蘇直孝⑵ 愛しい人はこんなにも重い?

「カズ君……良いかなぁ……」


 何故か香織ちゃんが僕の上に乗り、胸の上に軽く手を乗せると、振れるか触れないかという感触で指先をスッと走らせた。


 香織ちゃんが僕に何をする気なのか、すぐに察した。


「だっ……ダメだよぉ香織ちゃん!」


 僕はブリッジをして香織ちゃんを跳ねのけようとしたけれど、見た目と違い、思いの外重くて動かない。


 というか、僕の体感だと70キロ以上ある人と柔道の稽古をした時に上から乗られた時にこの位重かったような気がするけど、香織ちゃんってこんなに重いの?


「ふふふっ……可愛いいなぁ……」


 香織ちゃんは僕のブラウスのボタンを外し、僕の胸の一点を見つめると驚愕で目を見開き彼女とは似ても似つかぬ声で叫び出した。


「何じゃこりゃあ! 男じゃねぇかああっ!」



 ◇



 品の無いデカイ声で目を覚ますと、阿蘇が僕の上に乗り、両手で僕のブラウスを脱がしていた。


 阿蘇の唖然とした表情を見て、僕は状況を察した。


 コイツ、マジで僕を女の子と勘違いして犯すつもりだったのか!


「降りろ!」


 僕は阿蘇の両手を掴むと、顔面に頭突きを入れた。


「ふごっ!」


 まさかこの状態から反撃されるとは思っていなかったのか、それとも僕の性別を知り、ショックでも受けていたのだろうか?


 僕の頭突きをまともに喰らい、怯んだ阿蘇の上体が少し浮いた。


 僕は阿蘇の腰に手を当てて、腕を押し当てながら所謂エビと呼ばれる動きで瞬時に足を抜くと、すぐに両足で阿蘇の胴を挟みクラッチして総合格闘技で言うガードポジションに持ち込んだ。


「騙しやがったな! テメー男じゃねーか!」


 阿蘇は的外れの怒りを僕にぶつけて来た。


 僕が女の子だと思い込んでいたから油断していたのかも知れないけれど、僕の服を脱がして男である事を知り、それがきっかけで反撃を許したのは間抜けとしか言いようがない。


「勝手にお前が女の子と思っていただけだ!」


 阿蘇が逃れない様に両足をしっかりクラッチすると、僕は阿蘇の両手首をつかみ取り、左足を取った右腕の上を通し、もう一方の左腕を対角に流して、所謂三角締めで阿蘇を締め落とそうとした。


 だが、阿蘇は左腕を流されない様に僕の下腹部に肘を張り、両手でキープすると、天井を見るようにして上体を起こし、胸を張った。


「なっ! 馬鹿な!」


「非力すぎるんだよ! このオカマ野郎が!」


 そして阿蘇は膝を僕の尻に当て、技を解いただけでなく足のクラッチまで解くと、警戒する様に僕から離れて距離を取った。


「ふうっ……今のは危なかったぜ」


「何で? お前はボクサーじゃないのか?」


 数少ない勝機をむざむざと逃してしまい、今度は僕の方が動揺していた。


「ハハッ! 俺も柔道の経験があるんだよ。久々過ぎて焦りはしたけど、テメー程度のパワーじゃあ俺に技はかけられねぇぜ?」


 総合格闘技でも良く使われている三角締めだけど、本来は柔道の技なので、柔道経験者ならば返すのも可能なのは自明の理であった。


 頼みの綱も柔道も通用しないとあれば万事休すか。


 いや、久々過ぎて焦ったと言うし、あの状況から寝技で返さずに立ち上がったのは、柔道はあまり得意でないという事かも知れない。


 ならば僕がすべきことは―


 僕は右手を前に出すサウスポースタイルに構えた。


「ハッ! サウスポーなら苦手かとでも思っているのか? 今時珍しくねぇし、中坊の頃は何人も対戦したぜ!」


 阿蘇はまっすぐ突っ込まずに左右にステップしながらじりじりと僕との間合いを詰めて来た。


 内か、外か―


 セオリーどおりであればサウスポーの僕の外を取って攻撃を仕掛けて来るはずだが、案外内から攻撃を仕掛けて来る事もある。


 逆体の相手と戦う時は外を取るのが鉄則中の鉄則だが、相手も外を取ろうとするので容易に取れる訳ではない。


 だから内で攻めて来る場合もあるのだが、阿蘇が左右に回るのはどちらからも攻めてくると思わせる為だろう。


 ならば敢えて外を取らせてやろうじゃないか。


 僕は誘いで阿蘇に向けて敢えて外を取りやすい向きに方向転換すると、阿蘇はすかさず僕の外に足を取った。


 かかった!


 僕は阿蘇が出て来るのに合わせて前拳を阿蘇の前拳の下をくぐる様に回し、肘を外側に開く様にして前拳を内側に捩じり、相手の前拳の上から捩じ込むようにしたややフック気味の左ストレートで阿蘇の眉間を打ち抜いた。


「何?」


 右ボディストレートを打とうとした阿蘇は思わぬカウンターを喰らい面食らった様だがダメージは低い。


 阿蘇は再びジャブを打ちながら優位なポジションをとろうとすると、僕も外を取ろうとする。


 ポジションの取り合いが暫く続くと、僕は片足を阿蘇の両足の中間辺りまで踏み込むと同時に、阿蘇の足をとると、そのまま後ろ側へ押し倒した。


「なっ!」


 朽ち木倒し。


 レスリングで言う片足タックルの事で、柔道のルールでは組み合わずにいきなり朽ち木倒しの様なタックル系の技をかける事は禁止されているが、女子会で恵先輩に伝授され今では総合格闘技の様に打撃と連携して朽ち木倒しを使えるようになっていた。


 柔道経験者の阿蘇も朽ち木倒しには慣れていなかったのか、思いの外あっさりと倒れた。


 僕は倒れた阿蘇の上に乗り、膝で脇を差した後、体重を移動させ、腕ひしぎ十字固めを決める為に腕を取りに行った。


 でも、阿蘇も黙ってやられているハズも無く、肘を引きながら体を反転させると、僕の動きに合わせて自分から回転して、体勢の上下が逆になると体重をかけて僕を潰し、腕を抜いてきた。



「だからテメーは軽いって言ってんだよ!」


 だが、僕は阿蘇が腕を抜いた直後に左足を阿蘇の右肩にかけ、頭部と左腕を自分の足の間に入れると、左足を首に沿うようにして当て、足の膝裏で頭部を固定すると、左腕を抑えながら直角に曲げた左足の足首を右足の膝裏で挟み、そのまま絞めて、自分の左足と右腕で頸動脈を圧迫し、両手で阿蘇の頭を押えると、今度は三角締めが完全に決まった。


「……ぎっ……ギブ……」


 阿蘇は右手で地面をタップしてギブアップしようとしたけれど、これは試合じゃないし、香織ちゃんを自殺未遂にまで追い込んだこの男をこの位で許すつもりは無い。


 技を緩めずにそのまま殺すつもりで絞め続けた。


 だが、僕の手は強い力で握りしめられ、技を解かざるを得なくなった。


「止めろ! 香月! 止めろって! お前の勝ちだ!」


 麗衣先輩が阿蘇の頭を押え付けた手を無理矢理引き離した。


「離してください……って、麗衣先輩! 大丈夫ですか!」


 例え麗衣先輩の命でも言う事を聞くつもりはなかったけれど、血に塗れ、傷だらけの麗衣先輩の顔を見て、麗衣先輩に対する心配が阿蘇に対する殺意を上回った。


「ああ、このぐらいなら赤銅と喧嘩した時にもなったし、大した事ねぇよ……」


「大した事無い訳ないじゃないですか! 女の子なんですからもっと自分を大切にしてくださいよ!」


 僕が失神して泡を吹いている阿蘇を解放し、ポケットから取り出したハンカチを麗衣先輩に渡した。


「ありがとよ……お前みたいな優しい奴が殺しなんかしちゃいけねぇよ」


 ハンカチを受け取った麗衣先輩はそう僕に礼を言った。


「そうですね……それにこれで終わりじゃないですから」


 僕達が伊吹の方に視線を向けると、伊吹は今手下の二人が倒された事に気付いたのか?

 ようやくスマホを弄るのを止めて僕らに目を向けた。


「お前等おせぇよ……コイツ等()()を倒すのに何分かかっているんだ?」

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