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美夜受麗衣VS柏次郎⑵ 因縁の対決の行方

「ぐうっ!」


 フェッテと呼ばれる回し蹴りで放たれた爪先があたしのレバーに突き刺さり、喰らった事の無い苦しさでガードが下がると、間髪入れずあたしのこめかみを狙い廻蹴フェッテりが放たれた。


 あたしは間合いを切りながらスウェーバックして何とか攻撃圏内から逃れた。


「ハハッ! 防戦一方だねぇ~♪大丈夫かなぁ♪」


 蹴り中心で攻撃を組み立てるあたしの攻撃可能な間合いは比較的遠いけれど、柏とは身長差があるし、サバットシューズの爪先で蹴ってくる柏の間合いは更に遠い。


 それに軽い蹴りでも硬いシューズでダメージが与えられる為、その分素早い蹴りを放てるから圧倒的に柏が有利だった。


 元々は路上ストリートファイトから発展したサバットは他の格闘競技よりも喧嘩向きなのかも知れない。


「チッ! テメーなんざその靴さえ無けりゃあ楽勝なんだけどな!」


 まぁこんな挑発をしたところで靴を脱ぐわけも無いが、悪態の一つでも言わなければやっていられない。


「負け惜しみは止めた方が良いよー♪」


 柏が足をカイ込み、前蹴シャッセ・フロンタルりの構えを取ると、今まで散々腹を打たれていたあたしは思わずいつも以上に半身の体の中心部を隠す様に体を捻って構えた。


 だが、それは罠だった。


 柏はカイ込んだ足を落として素早く踏み込んでスイッチすると、あたしの背中を廻蹴フェッテりで蹴りつけると背筋に電流のような衝撃が走った。


「いてえっ!」


 アマチュアキックでは背中を蹴るのは禁止されている為、喰らった事の無い衝撃だった。


「ハハッ! その年でぎっくり腰にならなきゃいいけどねぇ?」


 柏に背中を向けている体勢になってしまい、反撃する手段は限られ、不利な状況だ。


 だが、この状態でも反撃できない訳ではない。


 膝を沈み込ませながら柏に踵を向け、軸足を素早く回転させ、肘を回転するように素早く上体を回し完全に背を向けると、蹴り足を早く膝を伸ばしスナップを効かせたテコンドーの技、上段への後廻蹴パンデ・トリョチャギりを放った。


「なっ!」


 ミドル以外は警戒すべき技が無いと高を括っていた柏の頭部にあたしの踵がクリーンヒットすると、柏は大きくよろめいた。


「ヘッ! テコンドー対策で練習した蹴りの味は如何よ?」


 以前、天網と喧嘩する前に勝子と姫野に仮想・岡本依夫のスパーリングを行って貰う為にこの蹴りを妃美さんから教わった事がある。


 あたしが所属する団体のアマチュアキックの試合じゃあバックスピンキックの類は使えねぇルールだけど、喧嘩で相手の意表を突くには使える技だと思い、天網との喧嘩の後も練習を続けていた蹴りだ。


「こ……の……クソアマあっ!」


 今の一撃で余裕をなくしやがったか?


 坊ちゃん風のふざけた口調は消え失せ、本性を現した柏の口調はあたし達が潰し慣れた珍走達と何も変わらなかった。


 柏は離れた距離から刻み突き風のジャブを放ちながら距離を詰めると、素早く膝をカイ込み、前蹴シャッセ・フロンタルりであたしの脇腹を突き刺した。


「ぐふうっ!」


 やべぇ。


 アバラが折れたかも知れねぇ。


 それ程の衝撃であたしの体は無意識のうちにくの字に曲がっていた。


「死ねやあっ!」


 柏は先程と同じ軌道で膝をカイ込み、鋭い前蹴シャッセ・フロンタルりが放たれ、あたしの顎を蹴り割らんと、サバットシューズの先端が迫る。


 あたしは咄嗟に顔を横にずらすダッキングで蹴りを躱すと、頬の薄皮一枚だけ切り取られ、焼き切られる様な熱が走った。


「アブねぇ……昔はコレでやられたんだよな」


 蹴りが掠め、斬られた頬から一筋の血が滴り、ポタポタと地面を濡らした。


 あの蹴りをまともに喰らっていたら間違いなくあたしは立つ事が出来なかっただろう。


 中坊の時は中段前蹴りと同じ軌道で膝をカイ込んだ上段前蹴りでKOされたが、何時までも同じ手でやられるあたしじゃねぇ!


 あたしは返しのローキックを柏に叩き込み、柏の意識を下げたところ右足を右斜め前にアウトステップし、左手を後ろに引き、右足を軸に腕の反動を使いつつ、左足を高く蹴り上げる渾身の左ハイキックを放った。


 ローキックで足に意識を下げられていた筈だが、柏は咄嗟に両腕のガードを上げて防御の姿勢を取った。


 無駄だ!


 かつてサムゴー・ギャットモンテープがやって見せた様に、あたしのハイキックはガードの上からでも意識を刈り取る。


 手首の辺りで蹴りを受け止めた柏はあたしのキックの威力を殺しきれず、ガードした拳を柏の顎にまで持って行き、柏の顎を突き上げた。


「がっ!」


 言わば柏は自分の拳で自分の顎を殴りつけた状態になったのだ。


 あの赤銅亮磨をブッ倒したこのハイキックを喰らえば例え柏でも立っては居られないだろう。


 だが、柏のタフさはあたしの想像を超えていた。


「この雌豚が! いてぇじゃねーかっ!」


 柏が空手仕込みの右ストレートで返すと、石で殴られたような硬いパンチで鼻を打たれ、鼻血が飛び散った。


「それはこっちの台詞だ! クソゴミムシが!」


 あたしも左フックを強振し、柏のツラをぶん殴ると、柏も打ち下ろしのチョッピングライトであたしの耳をぶん殴り返す。


 脳裏に星が飛び、耳を圧迫されたような不快感とともにキーンと言う耳鳴りが鳴り響き、意識が飛びそうになる。


 でも、あたしは渾身の右フックで殴り返し、柏が左ストレートを打ち下ろす。


 どちらが言い出したという訳でも無いが、気付けば技術も何も無い只の殴り合いが始まっていた。


 殴られた勢いで下を見せられる度に、先程斬られた頬の出血と、鼻血で地面の赤い点々とした染みが増えていっている。


 野郎とノーガードの殴り合いをするような馬鹿は世界でもあたし一人かもな。


 そんな事を考えながら、コイツにだけはぜってー負けたくないと言う一心で拳を振るい続けた。


 でも、パンチの威力も耐久力も体力も悔しいが男女の間には越えがたい壁がある。


 当初は同じ手数で殴り合っていたのに、次第にあたしが一発殴る間に二発、三発と柏のパンチの方が多くなった。


「もう終わりだぜ!」


 柏がアッパーであたしの顎を思いっ切り突き上げると、意識が飛び掛かり、足がふらつき立つ為の踏ん張りが効かなくなってきた。


「アハハ! まるでドランカーみたいだぜ! いや、昔っからとっくに壊れていたのかな?」


 殴り合いを制した柏は勝利を確信して余裕を取り戻したのか?


 あの薄気味悪い笑みを取り戻していた。


「血塗れでよく分かんないけど、多分鼻折れてるかな? 次はアバラ行ってみようか?」


 宣言通り、柏はあたしのアバラに目掛けて廻蹴フェッテりを放った。


 半身になってアバラを守ろうとすると、巻き込むようにしてあたしの背中に爪先が突き刺さった。


 再び背中に激痛が走る、だが、これは想定内だ。


「何だと!」


 ダメージ覚悟で蹴りを背中で止め、腕で抱えるようにして足を取ったのだ。


 あたしは足を取ったまま柏の懐に入ると、もう一方の足を刈り、柏を地面に倒した。


「痛っ!」


 頭を打った柏だが、失神には至らない。


 あたしはサイドポジションを取ると、ニーオンザベリーで先ずは柏を起き上がれない様にした。


「く……そっ!」


「形勢逆転ってヤツか? こちとら柔術もやってるんだぜ?」


 どうやら柏は伝統派空手とサバットの経験しかないのか?


 体重が軽いあたしのニーオンザベリーからも逃れられなかった。


 だが、油断せず、柏の腕を対角に流して動きを殺すと、流した腕に頭をつけて押さえ、右腕を柏の首に回し、左手で自分の右腕を掴み、クラッチした。


「離せやぁ!」


「離せ言われてハイ分かりましたって離す馬鹿が居るかよ!」


 柏の言う事を無視し、柏の横につくと腰を落とし、柏の肩に体重を掛けるようにして極めた。


「あ……が……」


 覚えたばかりの肩固め、別名腕三角締めが決まり、あと数秒もすれば柏を落とせるはずだ。


 伊吹か阿蘇のどちらかに妨害されたらコイツを倒す事は出来ない。


 阿蘇は香月との戦いでこちらの戦いには介入出来ないだろうが伊吹に邪魔され、再び柏が立ち上がってしまえば勝ち目は薄い。


 あたしは横目で伊吹の方を見ると仲間が締め落とされようとしているにも関わらず、相変わらずスマホの画面を弄っていた。


 哀れな奴だな。


 柏の事を少しだけ同情した。


 肩固めを解くと、腕の下の柏は蒼褪めた表情で白目を剥いて失神していた。


「ハアッ……ハアッ……言ったろ? テメーには利子をつけて借りを返してやるってな……あたしの言う通りになっただろ?」


 こうして、あたしは三年越しのリベンジを自らの手で成し遂げた。

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