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吾妻香月VS阿蘇直孝⑴ 階級無視のボクサー対決

「何だそりゃ? ボクシングごっこでもしたいのか? お嬢ちゃん?」


 相変わらず僕の事を女の子と勘違いしている阿蘇はボクシングの基本であるクラウチングスタイルに構えた僕を嘲笑った。


「僕はボクサーだ! アンタもボクサーなら拳で勝負しろ!」


 ライトフライ級の僕がミドル級の阿蘇と戦っても勝てる見込みは全くない。


 実際、対戦相手の数キロの体重オーバーが試合にも大きな影響を与えるボクシングの世界ではこの階級差で試合を組むのは有り得ない話だ。


 でも、僕には柔道と、蹴りを含めた柔道の当身技もある。


 ボクシングしか使えないと油断させたら勝つ芽も出て来る。


 だが、柔道の投げ技や組技を決めるにはパンチの間合いを掻い潜って阿蘇に接近しなければならないし、それまでは僕がボクシングしか使えないと思い込ませなければならない。


 だから、一旦は蹴りを封印して、先ずはボクシングスキルだけで阿蘇に挑む事にした。


「シュッ! シュッ!」


 僕はセオリーどおり、ジャブの連打で牽制しながら阿蘇との間を詰める。


 単発のジャブだと背が高い相手にはカウンターを返されやすいが、連打ならば相手はカウンターを打ちづらい。


 阿蘇の手にパンチが当たる距離まで近づき、素早くワンツースリーの連打を打つと、阿蘇はガードを上げた。


 そしてフォーのタイミングで膝を曲げながら体を捻り、小さくジャンプをして懐に飛び込みながら左ボディフックを放った。


 直後に僕はダッキングで身を沈めると、阿蘇の唸るような返しの左フックが頭髪を掠めていた。


 僕は上体を起こす回転を利用して、もう一撃ボディフックを叩き込むと、右のショートパンチで阿蘇のガードを散らし、右手を戻すタイミングと同時に、膝を使いながら体を捩じって左のロングフックを放つと、阿蘇の顔面にパンチが届いた。


「うおっ!」


 阿蘇は油断しきっていたのか、僕のパンチに驚いたような声を上げていた。


 一般的に体が小さいと不利かと思われているがそうとは限らない面もある。


 身長が低いと高い相手よりも有利な点は、攻撃する時に軸が小さく、回転が速くなるのでパンチの連打が可能な事だ。


 例えば、小さなでんでん太鼓と大きなでんでん太鼓を思い浮かべれば分かりやすいけれど、小さいでんでん太鼓の方が回転が速く回数も多く叩ける。


 また、近い間合いの場合、背が高いと遠心力が遠くなるので至近距離で強いパンチが打ちづらい。これはクリンチ状態になると強いパンチを打てない事を思い浮かべれば理解しやすいだろう。


 それにボディがガードの下をすり抜けて当てやすくなるので、長身の選手は腕を下げないと駄目になる。


 この様に、体が小さくても接近戦では有利な事は多いので、体格が上回る相手にも工夫次第では戦い様があるのだ。


 勝子先輩、そして認めたくないけれど武先輩が良い手本で、自分よりも遥かに大きな敵を次々と倒して来た。


 でも、勝子先輩は撃たれ、そのせいか武先輩は腑抜けてしまった。


 だから香織ちゃんを助ける為にはあの人達には頼れない。


 コイツは僕が倒すしか無いんだ!


「ハッ!」


 拳を阿蘇のストマックに突き刺す感じでボディアッパーを放つと、腋を大きく開く様にして全体重をかけたオーバーハンドライトが阿蘇にクリーンヒットし、簡易バンテージを嵌めた拳に硬い骨を殴る強い衝撃が伝わった。


 勝子先輩や武先輩が得意とする左ボディフックからオーバーハンドライトの対角線コンビネーションと類似のコンビネーションで特に勝子先輩は多くの敵に地を舐めさてきたけれど、左ボディフックよりも今僕が打ったボディアッパーの方が、若干距離が遠いので、左ボディフックを打つ時ほど踏み込む必要はない。


 こうやって意識を下に向けてからKOを狙える威力を持つオーバーハンドライトがヒットしたが恐らく効いていない。


 ダウンを奪った時は拳が抜ける様な感覚になるが、逆に衝撃が伝わる様な打撃では相手は倒れない事が多いからだ。


 打たれた阿蘇の顔を見ると、渾身の一撃だったにも拘わらず、やはり全く効いていないのか? 柏と言う男と似た薄気味悪い笑みを浮かべていた。


「少しはヤルじゃねぇかよ!」


 阿蘇の薙ぎ倒す様な返しの力強い左フックが強振される。


 階級差から考えれば一発でも当たれば致命傷の一撃だが、躱せないスピードじゃない。


 僕は先程と同じ様にダッキングで上体を沈めてパンチを掻い潜る。


 だが、それは罠だった。


 阿蘇の巨大な拳を視覚で認識した瞬間、僕の顎は大きく跳ね上がり、ヒビでボロボロになった天井を見上げると、踏ん張りが効かずにそのまま後ろに倒れてしまった。


「がはっ!」


 阿蘇の放ったコンビネーションは僕の対角線のコンビネーションの逆パターンで、左フックを躱してもボディに向けて放たれた右アッパーがダッキングで躱した顔に丁度命中してしまったのだ。


 脳を激しく揺さぶられ、僕の意識は暗闇の底に落ちて行った。

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