美夜受麗衣VS柏次郎⑴ 昔のあたしじゃない!
あたしは後ろに掛けた体重を、攻撃に入る瞬間前足に重心を移動し、迷わずに思いっきりミドルキックを放つと柏は両腕で蹴りを防いだ。
「オラあっ!」
だが、単発で蹴りを止めず、腕を叩き折るつもりで二発、三発と立て続けに連打すると、柏の顔にへばりついていた薄気味悪い笑いが消え失せ、四発目の蹴りをスウェーバックして躱すと蹴りの間合いから逃れた。
「へぇ……こりゃあ、正直驚いたよ。とてもじゃないけど女子の蹴りとは思えないね。この前やった子や雌豚ちゃんと比較しても威力が段違いだしねぇ」
「だから言っただろ? 昔のあたしと思わない方が良いってな!」
中坊の柏は鉄壁の防御であたしの攻撃を全て防ぎ、フェイントで翻弄してあたしを文字通り一蹴した。
あの頃のあたしは空手を辞めており、ブランクがあったので、空手の使い手である柏に敵わないのは当然の事だった。
だが、今は違う。
柏にやられてからの三年の間、キックボクシングの数々の大会で優勝し、麗を結成後、様々な暴走族を潰し、中には赤銅亮磨の様なプロ格闘家まで倒した。
この積み重ねがあたしの血と肉となり、そして自信となった。
あの時は手も足も出なかった柏相手でも、アイツの表情を見て今ならば勝てると確信した。
「まだまだ行くぞコラあっ!」
ミドルキックを打つような体勢で踏み込むと、柏は警戒してガードを先程の様に中段に構えた。
あたしは意表をついて内股へのローキックを蹴ると、柏の意識は下に下がるがこれは捨て蹴りだ。
素早く蹴り足を戻し、体全体をぶつける様にして左ミドルを放つと、腕を蹴られた柏は苦痛の表情を浮かべ、再び下がった。
「ハハッ! どうした柏あっ! 昔のテメーのがつぇーんじゃねーか?」
あたしが踏み込んで更に畳みかけようとミドルキックを放った。
だが、柏は足を掲げ、あたしの蹴りを靴内側のエッジを使う脛蹴りで受け止めると、脛に激痛が走った。
「痛っ!」
火受美が言っていたサバットシューズか!
安全靴みたいな靴に蹴りを入れたらこっちの足がダメージを受けちまう。
サバットシューズに対する警戒心で、あたしは一瞬前進する事を躊躇してしまった。
その隙を見逃す程柏は甘くない。
柏は膝を高く上げ、槍の様に放たれた前蹴りであたしの鳩尾に突き刺した。
「うぐっ!」
鳩尾が貫通される痛みで、思わずガードが下がってしまった。
基本的に足裏の面で当てるムエタイの前蹴りと違い、靴の爪先による点で刺す前蹴りの痛みは未知のものだった。
無論、フルコンタクト空手でも爪先による前蹴りは喰らった事があるが、サバットシューズの衝撃はまた別のものだし、そもそもジュニア時代なので脚力も比較にならない。
「今度はこっちの番だよ!」
再び薄気味悪い余裕ぶった笑顔が復活すると、再び足をカイ込んだ。
また、同じ蹴りを喰らうわけには行かない。
思わず、あたしは中段にガードを下げてしまった。
だが、柏はストンと前足をあたしの前足の外側に落としながら、左ジャブ、いや、空手時代にも使っていたであろう刻み突きを放つと、逆突きであたしの顎を強く打ち抜いた。
「がっ!」
前蹴りのフェイントであたしの足の外を取りながら足を落とす勢いを利用した刻み突きから体重をかけた逆突きのワンツー。
サウスポー殺しのコンビネーションであたしを翻弄すると、柏はサイドに移動してあたしの攻撃範囲から逃れていた。
「ハハハッ! 強いって言っても美夜受ちゃんの警戒すべき武器って左ミドルだけじゃん♪ 最初は面食らったけど、慣れちゃえば幾らでも対策があるってもんだよ♪」
そういや金髪とのスパーを観ていたブラッドにも似た様な台詞を言われた事が有ったな。
以前は野郎を倒すには細かいコンビネーションを学ぶよりは一撃の威力を男子にも負けない域に達すれば良いと思い、「左ミドルだけで金を取れる」と言われたサムゴーを模範にひたすらミドルを磨いてきた。
今までの相手は左ミドルを中心に戦い、野郎や格闘技経験者相手でも何とか勝つことが出来た。
だが、あの柏相手にそれだけで対抗するのは難しそうだな。
あたしはチラリと伊吹の方に視線をやると、あたし達の戦いなんか興味もなさそうにスマホを弄ってやがる。
舐めやがって……だが、この後ぶちのめす予定の伊吹に見られて居ないのは好都合だ。
「何ファントムの方を見てるのかなぁ? 君なんか相手にファントムが出るまでも無いよ?」
あたしの視線に気付いた伊吹はそう断言した。
「ターコ! テメーなんか眼中にねぇって事だよ!」
「ハハッ! 強がりは止めたら? 如何見ても君の方が劣勢なのにねぇ?」
「今はそうかも知れねーけど格闘技なんて一寸したきっかけであっさりとひっくり返るものだぜ……それよりかテメーを倒す前に一つだけ聞かせろ」
「ん? 好みの女の子の事かい? ボクは君になんか興味無いから安心していいよ♪」
「あたしもテメーみたいな気色ワリィクソゴミムシは興味ねぇなぁ……んな事じゃなくて、伊吹とテメーは如何いう関係なんだよ?」
喧嘩相手に唐突にそんな事を聞かれる意味が分からなかったのか?
柏は一瞬キョトンとしたが、すぐに例の薄気味悪い笑顔を取り戻しながら言った。
「そうだねぇ……固い絆で結ばれている盟友かな♪」
「嘘つけ。じゃあ何でアイツがテメーの喧嘩を見てねぇんだ?」
「そりゃあ、ボクが勝つ事が分かり切っているから見るまでも無いって事じゃん?」
「違うな……テメーが負けても如何でも良いって事だよ。要するにあたしだけでなく、テメーも興味を持たれてねぇって事だよ!」
あたしの一言が癇に障ったのか?
柏の表情から笑みが消え失せた。
「フーン……美夜受ちゃん。如何してもボクを怒らせてみたいんだね……良いよ。君が阿蘇君に私刑された時以上の事をしてあげるよ♪」




