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睡眠術士の腕枕  作者: 春戸稲郎
7/13

はじめて

 

「ぐあー……全身ばっきばきだよ」

 そろそろと夏の気配を漂わせる昼下がり。

 桐山は麻倉と一緒に、自宅までの路地を歩いていた。

 それぞれに買い物袋を手に提げて。

「明日は確実に筋肉痛だ」

「そてっちゃん、ひよわ」

 けらけらと笑う麻倉は、実際、何の疲労も見せていない。普段から鍛えているであろうことは、シャワーを浴びたあとに見せつけられた太い腕や厚い胸板、チョコレートのように割れた腹筋が如実に物語っていた。桐山と同じメニューでトレーニングを行っていたが、麻倉はまだ余力があるのか、2リットルのペットボトルも入った買い物袋で上腕筋を鍛えていた。

 確かに比べれば自分はひよわだろう。桐山は反論する気にもなれない。

 狭い路地を風が吹きぬけ、桐山の細い前髪が巻き上げられる。

 全身に疲労はたまっていたが、桐山には心地良い気分だった。

「……これも、前準備なのか? 俺を眠らせるための」

「あー。そうなったらいいかもね」

 どうやら違うらしい。

「そてっちゃんと筋トレしたかっただけ」

「そーか」

「買い物も済んだし、もっかいする?」

「……くたばる俺の代わりに、お前が夕飯作ってくれるならな」

「じゃあやめとこう。そてっちゃんの料理、楽しみだし」

 麻倉は鼻歌を口ずさみながら、桐山は今晩の料理の手順を考えながら、家路を歩いた。




 まだ外も明るい午後六時に、早めの夕食となった。

「うまー」

 麻倉はハムスターのように頬を膨らませて、もりもりと桐山の手料理を食べていた。

「どれもうまいよ、そてっちゃん。これ、このトマト、何て料理?」

「カプレーゼだよ。ってかお前、ご飯は?」

「あー、俺、晩ご飯は糖質摂らないようにしてるの。太っちゃうから」

「はぁ? お前、昼間……さんざん食べてたから、多めに炊いたんだぞ? ちょっとでいいから食えって、ほら」

 桐山が茶碗に白米をよそってやると、しかし麻倉は嫌な顔をせずにそれを受け取った。

「この、カプレーゼ、だっけ? どうやって作るの? トマトとチーズと?」

「トマトとモッツァレラチーズにオリーブオイルかけてバジル散らすだけだよ。うちの場合はな」

「うちじゃこんなおしゃれな料理出てこないよー。めちゃうま。こっちは缶詰料理?」

「そうだな、鯖の缶詰をキャベツとセロリで……」

「豚のしょうが焼きも美味しい。太っちゃうってわかっててもご飯が進むよ」

「……悪いな、手抜き料理で」

 桐山が箸を止めて苦笑すると、麻倉は首を傾げた。

「何が? ぜんぶ美味しいよ?」

「いや……『料理する』っていっても、材料に火を通して混ぜるだけのソース使ったり、缶詰で手間省いたりで、もてなすって感じじゃないからさ」

「そのほうがすごいじゃん」

「え?」

「ほとんど毎日料理作ってるんでしょ? 手間を省けるなら、そのほうがすごいよ。俺が台所に立ったら、一品作るだけで精一杯だもん」

 もぐもぐと食べながら喋る麻倉は、空になった茶碗を桐山に差し出した。

「ご飯おかわり」

「……あいよ。お前んちの晩ご飯ってどんな感じなの?」

「あぁー、俺んち兄弟多いから、昔は戦争みたいだったねぇ。母ちゃんの料理も、『とりあえず肉を食わせとけ』って感じで。あとは冷蔵庫にある物をテキトーに炒めてテキトーに味付けして……」

「勘で料理できるなら、それも凄いよ。負ける。……ほら」

 桐山は白米を盛った茶碗を麻倉に渡す。

「料理は勝ち負けじゃないでしょ」

「かもな。……何人兄弟?」

「四人。兄ちゃんと俺と、あと弟ふたりで……」

 食後、ふたりは台所に並んで洗い物をする。

「高校卒業したら、親父さんの会社継ぐの?」

「いや、それは兄ちゃんがやってくれるよ。俺は好きにする」

「ふーん? じゃあ将来は?」

「体操のおにいさん」

 桐山は鍋を洗う手を止めて、テレビの中で子供に囲まれている麻倉の姿を想像した。

 あはは、と濡れた食器をラックに置きつつ、麻倉は笑う。

「冗談だよ」

「似合うけどな」

「まぁでも、ちっちゃい子は好きだし、保育士さんとか憧れるなぁ」

「子供にもてそうだもんな、お前」

「そてっちゃんは?」

「俺か? 進学はするけど……」

「料理研究家は?」

「学歴の使い道」

「いいじゃん、たぶん向いてるよ。レシピ本出しなよ。そんでお昼のテレビ番組に『ドSイケメン料理研究家・桐山蘇鉄』なーんて紹介で出ちゃったりしてさぁ。手際の悪いアシスタントを蹴飛ばしたりしてさぁ」

「大問題だ。そんな主婦の味方は俺も嫌だ」

 そんな話をしながら、ふたりは片づけをした。




 友人に励まされながら運動をしたのも。

 友人と相談しながら夕飯の買い物をしたのも。

 友人に手料理を食べてもらったのも。それを褒めてもらえたのも。

 お互いの将来の話をしたのも……

 桐山蘇鉄にとっては初めてのことで……このときの記憶が、いつまでも温かく彼の胸に残り続けることを、少年はまだ、知らない。



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