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 博士が秘密結社のアジトを去ってから、三十年が経過した。


「ただいま帰りました、博士。連れてきましたよ」

「ごくろう、メイドリーミー。そこの台に寝かせてくれ」

「了解です」


 博士は玄関から入ってきたメイド型怪人、メイドリーミーにそう指示を出す。メイドリーミーの背にはスーツを着た金髪ピアスの男性が、彼女に覆いかぶさるように気絶していた。男は筋肉質のガッチリとした体型であり、見た目にはメイドリーミーの倍ほどの重さがありそうだったが、怪人である彼女は軽々と男を背負っている。


 メイドリーミーは博士の指示通り室内に拵えられた台に男を乗せる。台の上には明るいライトが灯り、その傍には得体の知れない器具がわんさかと置かれていた。第三者からすると、いかにもこれから手術が始まりそうな雰囲気の部屋である。


「さて、この男も洗脳せねばな……」

「私もお手伝いします」

「うむ、頼む」


 メイドリーミーはメスを取る博士に近づくと、彼の作業に手を貸すのであった。



 


 博士がアジトを去って最初にしたことは、新たな怪人を作ることであった。


「あなたが私の創造主ですか? 何をお望みで?」

「うむ。お前には大統領を努めてもらおうと思ってな」

「……ほう、それは実に面白そうですね」


 博士が作ったのは、知能レベルの高い変装と物真似の得意な怪人であった。


 自分が殺した大統領の代わりをさせることで、生きているように見せかけることが狙いである。大統領が殺されたことが知られたら、当然犯人を探すため警察が動く。アジトの場所が特定され、捜査の手が自分にまで及ぶかもしれない。そうならないために、博士は彼を作り出したのだ


「生まれて初めての仕事が大統領の代わり……。実にファンタスティックです。やりがいがあるってものですよ。早速仕事に取り掛かりましょう。テレビの前にて朗報をお待ちください。それでは」


 怪人は一礼した後、早速仕事に取り掛かろうと博士に背を向け歩き出すのだが、数歩進んだところで振り返った。


「……創造主、私の名前はいかがいたしましょう?」

「そうじゃな……。ミミックにしようか」

「承知しました。このミミック、必ずや大役を務めてご覧に入れましょう」


 そう言って、今度こそミミックは博士の元を去っていった。


 翌日、当たり前のように演説する大統領がテレビの中に居た。「頭が良いと仕事も早いの」と借りたアパートの部屋で博士は呟いた。


 次に博士は自身の身の回りの世話をさせるため、メイド型怪人メイドリーミーを作り出した。ミミックと違い、今度はあまり知能を上げすぎないように博士は気をつけた。家事をさせるのに過大な知能を持たせては、またキングシャークたちのように、去って行ってしまうと思ったからだ。


「私の仕事は博士の身の回りのお世話ですね。承知しました」


 名前と仕事内容を教えてやると、メイドリーミーは特に不満を言うこと無く承諾した。その様子を見て、博士は少しホッとするのであった。


 メイドリーミーを作ってからは、新たな怪人を作ることもなく、博士は彼女と一緒に大人しく暮らしていた。悪の秘密結社が居なくなったこの世界がどうなるのか。博士はそれを静かに見守っていくつもりであった。


「秘密結社が無くなったとて、この世界は大して変わらん……。儂等はあの大統領にただ弄ばれただけなんじゃ……」

「博士、何か言いました……?」

「何でもないぞ。それより今日の晩ごはんは何じゃ?」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれました。ジャ、ジャーン! カレーライスですよー!」


 メイドリーミーは笑顔を浮かべて、カレー皿を載せたお盆をちゃぶ台の上に置く。


「……もう、カレーは3日連続なんじゃが。けっこう食べたと思ったんじゃが、どうして無くならないんじゃ?」

「昨夜、継ぎ足しましたから。寝かせたカレーは美味しいですよね」

「秘伝のタレか! もう今夜は継ぎ足すでないぞ! 飽き飽きじゃ!」

「えー、もう材料買ってあるのに……」

「肉じゃがにせい、肉じゃがに! ……マッスルバックを思い出したわい……」


 博士は彼女の知能を下げたことを少しだけ後悔しながらも、用意されたカレーを頑張って平らげるのであった。テレビでは、記者の質問に大統領がジョークを交えて答えていた。


 秘密結社が人知れず壊滅したことで、怪人が人を襲うことは無くなった。だが、結社壊滅の真相を知る者は一般人に居なかったため、怪人への警戒心がすぐに無くなるということは無かった。それどころか、「得体の知れない怪人が大量に移動するのを目撃した」という情報があったため、結社が力を蓄えているのでは、と市民やヒーローは一時期警戒を強めていた。


 しかし、怪人の現れない時期が1年も続くと、さすがにその警戒心は薄れ始め、大統領が安全宣言を出したことで市民が怪人に怯える生活は終わりを告げた。。


 怪人たちが大量に移動しているという情報を耳にして、博士はキングシャーク達ではないかと思い探しに行ったのだが、ついぞ見つけることはできなかった。ミミックやメイドリーミーと違って、彼らは人外そのものの見かけが多い。自らの意思で組織から離れていった彼らではあったが、博士に取っては自身の手で作り出した愛着のある子供のような存在である。困っていたら手を貸そうと思っていたのだ。


 その目撃情報以降、怪人たちが発見されたという情報もなかったので、自分の知らないところでひっそりと生きているか、正義のヒーローたちに退治されてしまったのであろうと博士は思った。彼らが生きていることを願いつつ、博士はメイドリーミーと静かに日々を送るのであった。




 博士が秘密結社のアジトを去ってから10年が経過した。この国は特に変わること無く、平和そのものだった。秘密結社が居なくなったことで、犯罪件数は増えるどころかむしろ減っていったのである。


 それ見ろ、秘密結社が必要悪のために存在する必要など無かったのだ。所詮、大統領は自身の理想を儂等に押し付けたに過ぎない。やつから解放されてせいせいするわい、と博士は心の中でほくそ笑むのであった。




「博士、ただいま戻りました。いやあ、ついつい10年も大統領を務めてしまいましたよ。とても刺激的な仕事でした」


 大統領の代わりをしていたミミックが戻ってきた。彼は任期の上限まで大統領を務め終えた後、交通事故に巻き込まれて死んだように周囲に思わせ、最後まで自分が身代わりと悟られること無く任務を完璧に遂行してのけたのである。


「うむ。期待以上の仕事じゃったわい。よくやってくれた」

「お褒めに預かり恐縮でございます。次の仕事はございますか」

「いや、特にない。今後は自由にしてくれて構わないぞ」

「さようでございますか。では、しばらく旅に出てもよろしいですか? 大統領をしていたころは忙しくて禄に観光もできませんでしたので、この機会にゆっくりと世界を周ってみたいと思います」


 博士が了承すると、「では」と挨拶をして、ミミックは再び博士の元から去っていった。


「……日頃、博士のお世話をしているのは私なのにぃ」


 柱の影からは、メイドリーミーがミミックのことを恨みがましく見ていた。博士が彼女を褒めることはあまりなく、それでいてミミックが博士に褒めちぎられるのを目の当たりにして、彼女は対抗心を燃やしていたのである。


「……博士、今夜のお夕飯は何がいいですか?」

「メイドリーミー。そんなところからこちらを見て、一体どうした?」

「なんでもありません。それより、今夜は博士の好物を作りますよ。何カレーがいいですか? シーフードカレーですか? ビーフカレーですか? それとも私特製の、愛と愛と愛を込めたラブラブカレーがいいですか?」

「……カレー以外の選択肢はないのか?」

「ありません! カレーこそ至高です!」

「……シーフードで頼む」

「了解です!」


 メイドリーミーはいそいそとキッチンに向かっていった。若干ひきつった博士の顔には気づいていないようである。彼女が博士に褒められるには、もうしばらくの時がかかりそうだ。 




 博士がアジトを去って20年が経過した頃に、小さな変化があった。この国の犯罪件数が僅かではあるが明らかに増加していたのだ。誤差の範囲の取るに足らないものだと、このとき博士は思った。


 しかし、さらに5年が過ぎると、目に見えて治安が悪くなってきた。


 警察組織と暴力団の抗争は日常のように生じ、泥棒、強盗、恐喝、詐欺などの犯罪が日毎に増加。更には警察が暴力団から賄賂を受け取っていたという噂まで流れる始末。表沙汰にならないものまで含めると、過去とは比較にならないくらい犯罪数が増加していることだろう。


 我がもの顔で街を闊歩するギャングのような連中が増えた。

 あの頃は良かったと昔を回顧する老人たちも増えた。


「まさか、本当に……」

 

 博士の胸中にひとつの後悔が芽生えていた。

 自分がこの手で殺した大統領のことを彼は思い出す。


 秘密結社は必要悪。

 その存在を通して人間たちは悪の概念を、ひいては正義の概念を学ぶ。


 今社会で犯罪に手を染めているのが若い人間が多い。悪の秘密結社を知らない世代の人間たちである。

 惨状が世に顕在化し始めたこの状況を、見て聞いて知ることで、ようやく博士は必要悪がーー規律に則った悪の存在が、社会に必要なものだったのだと実感した。


「……すまんな」

「博士?」


 居間にて博士の謝罪を聞いて、メイドリーミーは何事かと疑問を漏らす。


「ああ、いや何でもない。何でもないが、儂にできることをしなくてはな……」

「博士、その薬は……」


 そう呟いて博士は立ち上がると、もしものときに備えて作成していた若返りの薬を金庫から取り出し、一息に飲み干す。


「何、この年老いた身体じゃ満足に動けなさそうじゃからの。劇薬だからあまり使いたくは無かったが……。すまんが、メイドリーミーにも手伝ってもらうぞ?」

「えっと、手伝うのは構いませんが、一体何を……」

「そうだな。ちょっと、悪人を善人に洗脳してやろうと思っての。……それが、儂にできる精一杯の贖罪じゃ」


 博士の身体からは白い煙が湧き上がる。老いて小さくなり始めた身体が肥大し、深く刻まれた皺が顔から消える。そこには、若い頃の博士の姿があった。



 博士は過ちの責任を果たすため、悪の秘密結社のときに培った洗脳技術で悪人を善人へと改造し始めた。来る日も来る日もメイドリーミーが連れてきた悪人を、こっそりと拵えた小さなラボで洗脳する日々。その効果もあって犯罪件数の増加も少しは抑制されたが、全体からすると焼け石に水でしか無く、治安の悪化は留まることを知らなかった。


 効果が薄いとはいえ、そんな博士の活動に気づき、邪魔に思った人間がいたらしい。


 ある日、博士たちは悪漢数人に取り囲まれ、「余計な邪魔をするな」と警告を受ける。さらに彼らはメイドリーミーを人質にでも取ろうと思ったのか、彼女に掴みかかろうとして、逆に返り討ちにあっていた。どうやら彼女が常人の数倍の力を持つ怪人とは知らなかったらしい。


「博士、どうします? こいつら……」

「面倒じゃが洗脳するか。全員連れ帰るぞ」

「了解です!」


 博士たちはたびたび現れるようになった悪漢たちを、逆にフルボッコにしてはつぎつぎと善人に洗脳していった。

 連中の恐喝に対して洗脳で対抗する博士たちであったが、とうとう彼らは本腰を入れて来たらしい。


「博士、これは……」

「やつらめ、とうとう手段を選ばんようになってきたか。ここは逃げるぞ! メイドリーミー!」

「は、はい! 博士!」


 数人がかりで暴れでもしたのか、小さなラボは徹底的に破壊しつくされ、更に住まいとして借りていたアパートの部屋は建物ごと全焼していた。

 幸いどちらにおいても人的被害は無く、博士たちも無事であったため、彼らは逃げるように身体一つで住み慣れたアパートを離れるのであった。


 それから博士たちは、彼らを排除しようとする連中から隠れ住んではその場所の悪人を洗脳し、発見されてはまた別の場所へと移動する、といったことを繰り返していた。


「博士、私が何とかしましょうか。数人くらいなら余裕で制圧できますよ?」


 道中、メイドリーミーがやる気満々といった様子でそう提案するのだが、博士はすぐに首を横にふる。

 

「駄目じゃ、メイドリーミー。数人くらいで済めばいいがの、おそらく連中はその数百倍の規模の組織じゃ。お主も戦闘用ではないから逃げるしかないわい。はあ、アジトのラボがあれば強力な怪人が作れるのだがのう。ここまで遠くに離れてしまっては……。まあ、とうにアジトのラボも錆びついているだろうから、行ったとしても無意味じゃろうな」


 博士はため息をついて、次の隠れ家を探すのであった。


 

 

 何度となく転居を繰り返し、次に博士の選んだ隠れ家は海沿いの小さな掘っ立て小屋だった。


「博士、さすがにこれは……」

「うむ、まずいの……」


 ところが、博士とメイドリーミーはその掘っ立て小屋の前で窮地に陥っていた。海方面を除く小屋の周りを、全て若いギャング連中に囲まれてしまったのである。


「へへへ、とうとう追い詰めたぞ。まったく面倒な手間取らせやがって!」

「本当、そうだな」


 ギャングの囲みが一部分かれ、そこから二人の男たちが顔を見せる。壮年といった年頃であり、細身ながらもかなり筋肉質な身体であることが伺えた。ひとりは赤い革ジャンに身を包んでおり、もうひとりは黒ワイシャツに黒スーツという出で立ちである。


「む、あやつらは……。もしや、レッドにブラックか?」

「博士、ご存知なんですか?」


 博士は彼ら二人の顔に見覚えがあった。何度となく秘密結社の邪魔をしてきた正義のヒーローのレッドとブラック。彼らはその二人に似ていたのである。


「なんだ、俺達の過去を知ってんのか? ……そういえば、どことなく結社の博士に顔が似てるなぁ。ずいぶんと若いが、やつの息子か、孫ってところかぁ。ちょうどいい! 積年の恨みをお前で晴らしてやるぜ! 恨むなら自分の父親から爺さんを恨むんだな!」

「積年の恨み……? 何のことじゃ!?」


 博士の顔を見たレッドは、突然形相を変え声を荒げる。


 一方で博士は、そんな彼の様子に困惑する。

 悪人を善人に洗脳していたことに腹を立てるのなら理解できるが、三十年前に彼らから恨みを買われるような覚えはない。なんせ、常に秘密結社側が負けていたのだ。こちらが恨みこそすれ、恨まれることはないはずだ。


「あん? 悪の秘密結社が突然なくなるから、人気絶頂中だったヒーローも急に解散になったんだよ! リーダーやってた俺の居場所を、根性なしの結社のクソが奪い去ったんだ!」

「それは別に良いことなんじゃ……」


 悪が居なくなればヒーローも要らない。それでも平和が保たれるなら別に良いのではないかと、博士は思った。


「良いわけあるか、ボケ! 政府に雇われていた俺は解雇されて無職になった。正体隠してヒーローやってたから潰しも効かねえ。就職難のこのご時世、高卒の俺を雇ってくれるところはほとんどありゃしねえ。ブルーとピンクは大学行って大手企業に就職。ムカつくことにアイツら二人でくっついたし、グリーンは実家の農家を継ぎやがったし、俺のことを心配してくれたのはこのブラックだけだ!」

「手を肩に乗せるな。暑苦しい」


 レッドはそう叫んで黒スーツの男の肩を掴むのだが、パシリとその腕は払いのけられた。揃って博士たちの前に現れたレッドとブラックであったが、どうやら仲が良いわけではないらしい。


「雇い主の肩を掴むなんて、ずいぶん偉くなった、ん?」

「す、すまねえ……」


 ブラックはすごみ、レッドは謝罪する。明らかに二人の間には格差があった。


「博士、雇い主って……」

「……ああ、たしかブラックの実家はヤクザじゃったな。なるほど、レッドは今、ブラックに雇われているのか」


 博士は昔の記憶を思い返して合点がいったというふうに頷く。

 ヒーローたちの個人情報を秘密結社は調査していた。その情報を使って相手の弱みを握ったり、直接彼らの家を襲撃しなかったのは、「悪の美学に反するため」というボスの指示があったからだ。今思うと、その指示にはヒーローを負けさせないという隠れた思惑があったのだろう。

 

「それで、ヤクザ家業が順調に発展して、この有様というやつか」

「ははぁ、なるほど。あの人が悪の親玉ってことですね」


 博士の言葉にメイドリーミーが頷く。

 しかし、その言葉を否定したのはブラック本人であった。


「はん、ちげえよ。別に俺が親玉ってわけじゃねえ。今の社会はもうそういう感じじゃねえんだ。正義は忘れ去られ、悪どいことをしたほうが儲かる時代だ。分かるか? 所詮、この世は金と暴力。理不尽な権力に抗うには、それ相応の力が必要だ。みんながみんな、身を護るために必死に悪の親玉になりたがってる。群雄割拠の戦国みてえな時代なんだよ。オレ一人が居なくなったところで、大して変わりやしねえ」


 そう言って、ブラックはタバコを咥える。隣のレッドがすぐさまライターを取り出し火をつけた。


「ふぅーーー。 だが、まあ、お前らは俺の縄張りで面倒なことをしてくれたな。重要な構成員を善人にしちまいやがって。おかげで俺たちはすげえ被害を被ったんだぜ、分かるか? うん? だから、まあ、潔く海の中に沈んでくれや。ちょうど近くにあることだしなぁ」


 ブラックの言葉を聞いて、周囲を取り囲んでいたギャング連中が博士たちに近づいてくる。博士たちは彼らから距離を取るように海へと入るが、これ以上は深くて進めないところまで来てしまった。


「……く」

「博士、何とか逃げて下さい。私が囮になりますからそのスキに」

「いや、劇薬を使った儂の命はもう長くない……。逃げるならお前がーー」

「何をくっちゃべってやがる! お前らは二人共、魚の餌なんだよ!」


 ギャングの先頭を切って、日本刀を構えたレッドが突進してくる。


「博士ーー!」

「メイドリーミー!」


 レッドと博士との間に立ち塞がるように、メイドリーミーがその身を割り込ませる。

 悪落ちしたとはいえ、元正義のヒーローのリーダーを務めたレッド vs 非戦闘怪人。

 戦力は分が悪く、さらに敵は人数も多い。

 博士はメイドリーミーを逃がそうと、彼女の服に手を伸ばすが、それは残念ながら間に合わずーー。

 ガードするメイドリーミーの腕に、レッドが思い切り刀で切りつけようとした、


 ーーその間際。

 

 勢いよく現れた何者かがレッドの身体に横から食らいつき、そのままひとつの塊となって海へと沈み込んでいった。


「……な、なんじゃ!?」

「……わかりません」


 突然の出来事に驚く二人と、足を止めるギャングたち。

 さらにギャングの囲みの一角が何者かにふっ飛ばされて、宙を人が舞うのが見えた。


「あ、やっぱり博士。ここにいましたか……あれ、博士、ずいぶんと若くないですか?」

「……お前は、もしや……」

「え、俺のこと忘れちゃったんですか? ……まあ、三十年も前ですし、結社を辞めてから音沙汰なしですから、仕方ないですね。思い出してくださいよ、博士。俺の名前はマッスルバックです。この名前、博士が付けてくれたんですよ?」


 巨大な両拳でギャングたちの囲みを壊したのは、ゴリラ怪人マッスルバックであった。


「はーい、一網打尽にしちゃおうねー」


 聞き覚えのある声とともに、空中に大きな網が展開する。網はギャングたちにひっつき、彼らは互いに絡まりあって動けなくなった。


「お前は、ズバイダー! どうしてここに!?」

「お、博士……で、いいんだよね。久しぶりー! いやあ、本当に居るとはラッキーだったね」

「なんだ、蜘蛛野郎。俺の鼻を信用しないってのか?」

「いやあ、あの発酵したバナナ臭を『良い匂い』って表現するんだよ? 信用するほうが無理だって……」

 

 博士の目の前にいたのは、かつて秘密結社を去ったマッスルバックにズバイダー。彼らはブラックもろともギャング一行をふん縛ると、どこか懐かしさを感じる掛け合いを行う。


「博士、どうもお久しぶりです。ずいぶんとお若くなったようで……。すみませんが、手を貸していただけませんか」

 

 ざぱりと波しぶきを上げて現れたのは、歯に血のついたキングシャークであった。


「キングシャーク、お前まで……」

「おっと、失礼。歯が汚れていましたね。……これで良しと。安心してください。さっき博士たちに斬りかかろうとした男はもう海中深くまで沈んでおります」


 口の中をがぶがぶと海水で濯いで、キングシャークはレッドを倒したと宣言する。かつて苦戦した相手を、スーツ無しとはいえあっさりと倒してしまったことに、嬉しいやら悲しいやら、博士は不思議な感覚を覚えていた。


「そ、そうか、助かったぞ、礼を言う。して、助けて欲しいとはどういうことじゃ?」

「ええ、結社を辞めていった身でありながら誠に恐縮ですが……実は巨大化薬を頂きたいのです」

「……訳ありか?」

「はい」

「そうか、話を聞こう」


 博士とメイドリーミーは怪人たちと一緒に掘っ立て小屋へと戻って行った。。




「……ふむ。そういうことか」


 キングシャークの話はこうであった。


 何でも、彼らはいままで人目を避けて、地図にも乗ってない無人島で平和に暮らしていたらしい。最初は人間たちと共存する道を模索したようだが、見た目があまりに凶悪だったため諦めたとのこと。その時のことが、目撃情報として噂になったようだ。


 彼らはその無人島でのんびりと暮らしていたのだが、最近になって人間たちが「麻薬を栽培する」とやってきたそうだ。気候条件や、地図に乗ってないところを彼らが気に入ったらしい。


 とはいえ、キングシャークたちも自らの住処を「はい、どうぞ」とすんあり放棄するわけにもいかない。とりあえず、交渉しようと彼らに近づいた彼らであったが、問答無用で攻撃されたらしい。それからすったもんだあったすえ、最終的にキングシャークたちは麻薬栽培しようとしていた組織を文字通り「潰して」きたらしい。


「でさ、その後でミミックってやつがこっちに来たんだけど、何でも国中どころか世界中今そんな感じになってるらしいじゃん。それじゃあ、ひとつやふたつの組織を潰したって意味ないなって思ってさ」

「ん? ミミックのやつとも知り合いなのか?」


 ズバイダーの言葉に博士が反応する。


「ええ。何でも世界を旅するといっていましたね。博士が今どうしているかも彼から聞きました。それで、話を戻しますと、効率よく私達の生存権を主張するにはどうすればいいか、皆と話し合いまして」

「最終的に、全員で巨大化して人類を制圧する、という結論に至ったと……」

「はい」


 博士の言葉に、キングシャークが頷く。


「……なるほど、話は分かった。確かに現在の惨状を見るに、それが一番手っ取り早いじゃろう。じゃがのう、巨大化薬はそれなりの設備がないと作れんのじゃ。手元にはひとつもないし、アジトの設備も老朽化して使えなくなってるはずじゃから、一からとなるとかなり時間がかかる。それでも良いか?」

「どれくらいですか?」

「早くて半年じゃな」

「……分かりました。お願いします。その間は身近な組織でも潰しておきましょうか」


 キングシャークは若干気落ちした様子を見せたが、それを口にすることはなく、仲間二人にそう提案する。


「もちろん、博士とそちらのメイドリーミーさんの身の安全は保証いたします。どうぞ、私達の島へ来てください。会いたがっているメンバーも多いですよ」

「では、そうしようかの」


 と博士が腰を上げると、


「創造主、アジトの設備がご入用ですか?」


 出ていく博士を遮るように、今話題に上がったばかりのミミックが掘っ立て小屋に入ってきた。


「ミミック? どうしてここに!?」

「ふふふ。まあ、理由なんてどうでも良いではありませんか。それより創造主。秘密結社のアジトでしたら整備は済んでいますよ。いつでも使える状態です」

「……それは、本当か!?」

「ええ」 


 自信満々にミミックは頷く。


「どうして……。あのアジトはてっきり廃墟にでもなっていると思っておったが……」

「創造主のご命令は『大統領の代わりを務めろ』でしたから。名義上は別人でしたが、あのアジトは実質大統領の所有物。管理をするのは大統領であるならば当然でしょう。もっとも、後々ご入用となるかと思い、ヒーロー解散後も廃棄せず残したのは私の勝手な判断ですが。……まずかったでしょうか」


 驚き、ぽかんとする博士の顔を見て、ミミックはそう付け加える。


「……いや、まずいものか。よくやったミミック! そして、キングシャーク。アジトに行くぞ! すぐにでも巨大化薬を生成する!」

「承知しました」


 博士たちは掘っ立て小屋を出て、未だ雁字搦めになっているギャングたちを無視して秘密結社のアジトへと向かった。そこには三十年前と変わらないアジトが、ほぼそのままの状態で残っていた。


「……大統領の死体は、さすがにないか」

「申し訳ありません。秘密裏に処理しました」


 大広間にはきれいさっぱり何も無かった。怪人たちが放り出していった武器も見当たらない。


「……いや、構わぬ。それより巨大化薬じゃな。……保管されている薬は駄目じゃな。三十年前に作成したものは効果が切れとる。じゃが、作り直すことなぞ造作もない。なんせ儂は元、悪の秘密結社の博士なのだからな」


 こうして、博士はかつてと同じように、けれど、そのときとは違った気持ちで巨大化薬を作成するのであった。




 数日後、巨大化した数百の怪人たちが世界狭しと暴れまわった。

 かつての正義のヒーローたちのように、合体ロボを繰り出す組織もあったが、頭が良くなった巨大怪人たちに為す術なく破れていった。

 降伏した組織のボスや幹部たちは博士の手により善人へと洗脳されていく。

 人類が制圧されるのに、それほど時間はかからないだろう。


 こうして、平和な世界が作られるのであった。


 おしまい。

お読みいただきありがとうございます。

評価や感想いただけると、作者がとても喜んで巨大化します。



【書ききれなかった描写】

実はミミックはズバイダーがふん縛ったギャング連中のひとりになりすましていました。キングシャークが来なかったら、彼が代わりに博士とメイドリーミーを助けていたでしょう。おいしい場面をキングシャークに持ってかれたので、次の登場機会を小屋の外からこっそり伺っていました。。

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