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 コツコツと大きな足音を響かせて、秘密結社のボスが歩いてくる。彼はスーツに覆面という奇妙な出で立ちをした男であった。怪人たちが放り出していった武器の山を抜け、博士の傍を通り過ぎると、数段高い場所に設置された玉座に彼は座り込む。


「ボス、気づいてしまった、とはどういう意味ですか……」


 博士は立ち上がり、彼の呟いた言葉の真意を問いかける。


「文字通りの意味だよ、ムウバ博士。私としては、怪人狂いの君には……いや、怪人狂いの君だからこそ、気づかないと思っていたのだがね。だが、時間がかかったとはいえ君は気づくことができた。おめでとう。君は生きるべき人間なのだな」


 ボスは惜しみない賛辞を博士に送り、さらには盛大に拍手する。静かな大広間にパチパチという音が響き渡った。


「い、いったい何の話をしているんです……? 気づいたって何に……?」


 一方で称賛された博士は困惑の色を隠せない。すべての怪人たちが結社をやめてしまったせいで、またいつものようにボスから怒られると彼は心の片隅で思っていた。それだけに、ボスのこの態度はあまりに予想外であったのである。


「ん? もちろん、怪人たちの頭が悪いことにさ。あんな脳筋ばかりの怪人たちで世界征服なんて無理に決まっている。君もそのことに気づいたから、頑張って怪人たちの頭を良くしたんだろう? もっとも、それが故に怪人たちは結社を辞めてしまったようだがね」


 はっはっはと、くぐもった覆面から笑い声が聞こえる。


「……そ、そうです、ボス。怪人たちの頭を良くしたので、念願のヒーロー共を倒せる軍団ができたと思ったんです。ところが、秘密結社の目的が分からないと言って怪人たちが次々とアジトから出ていってしまって……。恥ずかしながら、私はキングシャークの質問に答えられませんでした。ボス、今一度、私に教えていただけませぬか。世界征服の、その先にあるその崇高な目的を。それが分かれば出ていったシャークキングたちも戻ってくるかもしれません。それどころか、喜んで世界征服を行うに違いありません!」

「……ふむ。そうだな、怪人の頭が悪いことに気づいた君には話しておくべきだろうね。我々のーーいや、私の秘密結社の真の目的を」


 博士はごくりとツバを呑み込む。


 真の目的と、ボスは言った。やはりキングシャークの言う通り、世界征服は手段に過ぎず、それを踏まえたさらなる野望をボスは秘めていたのだ。果たしてそれは一体何なのだろう。人心か、金か、それとも私が思いつかないほど崇高な何かだろうか。


 期待に満ちた眼差しを博士はボスに向ける。

 しかし、ボスの語る目的は、博士の思い描いたものから程遠いものであった。


「秘密結社の真の目的ーー。それは必要悪。我々は世界にあるべき悪なのだよ」


 しん、と広間が静まりかえる。

 博士はボスの返答の意味が分からず、硬直してしまう。


「ひ、必要、悪……ですか?」


 ようやくボスの言葉が頭に届いた博士は、不可解といった表情で再度ボスに問いかける。


「……む、すぐには理解できないか。仕方ない、詳しく説明してやろう。我々は必要悪なのだ。私達の存在を通して人間たちは悪の概念を、ひいては正義の概念を学ぶのだ」


 私達の存在を通して、人間たちが悪の概念を学ぶ?


「ど、どういうことですか? 世界征服は……我々の野望は一体何だったんですか!?」

「はっはっは。世界征服? 世界を征服して一体何が嬉しいんだい? 私にはとんと分からないよ。金か? 権力か? あるいは自由か? そんなもの、世界征服をせずとも手に入る。その程度のことを得るために世界征服しようというのなら、頭が悪いと言わざるを得ない。山に登るために、一度宇宙に行くようなものだ」


 手を口にあて、笑いを噛み殺すようにボスは言う。


「では、ではなぜこの組織をーー秘密結社を作ったのですか? 私を招いて、怪人を作らせて、街を襲わせていたのですか!?」

「さっきから何度も言っているが、必要悪のためだ。我々を通して人を善悪を学ぶ。『世界征服を目論む悪の秘密結社が正義のヒーローに野望を砕かれる』ことで、人は善悪を知るのだ。つまり、我々は一種の教育機関だな。反面教師と言ってもいい。正義善悪のモデルケースを幼い頃から体験を通じて学ぶからこそ、社会秩序というものが成り立つのだ」

「……」


 博士は呆然と、呆然とボスを見ていた。

 理解できない。納得できない。

 こんなのーー、こんなの、真剣に世界征服を目指して活動してきた私達に対する裏切りだ。

 常日頃、世界征服こそ我が野望と主張するボスとは思えない言動だ。


「ショックかい? まあ、君は熱心に怪人を研究していたから無理もない。そうなると思ったから、今まで黙っていたんだよ。怪人の頭が悪いことに気づき、更には目的意識も芽生えたと思ったから真の目的を話したのだが……」


 力が抜けたのか、博士はへなへなとその場に座り込んでしまう。


「その様子だとまだ早かったかな。まあ、いずれは納得するだろう」

「……違う」

「うん? なんだい?」

「違う違う! お前は私達のーー儂らのボスではない! 偽物じゃ!」


 博士の脳裏に熱く世界征服を語るボスがよぎる。


 そうだ、ボスの覆面を被っているだけで、中身はボスではないのじゃ! そうに決まっている!


「うん? 酷いな。数年以上ともに過ごした私を疑うのか? ムウバ博士」

「当たり前じゃ! 本物だと言うならば、その覆面を取って素顔を見せてみろ!」


 素顔を見ればボス本人と区別がつくはずじゃ! 

 ええと、ボスの顔はーー、あれ? おかしいの。覆面姿しか思い出せない。


「……私は君に素顔を見せたことがないのだが」

「はあ! そうじゃった! お茶を飲むときも、飲み会に行くときも、ボスはいつも覆面じゃった!」


 彼の記憶に居るボスはすべて覆面姿であった。これではこの男の素顔を見てもボスなのか、そうでないかの区別がつかない。思わず博士は頭を抱える。


「はっはっは。相変わらず君は面白いね。けれど、これで分かったろう? 誰も知らないアジトの場所は私は知っている。いつも着用している覆面とスーツを知っている。秘密結社のボスが一度も君に素顔を見せてないことを知っている。そして、『正義のヒーロー共を打倒し、必ずや世界を征服するのだ!!』 という、毎回怪人が出撃する前に下す号令も、もちろん知っている。それはなぜか?」


 覆面の男はよどみ無く喋る。


「まさか、本当にーー」

「そう。なぜならば、私が秘密結社のボスだからだ」


 ごくごく当たり前のことを語るように、平然と目の前の男は自身をボスと言い切った。

 その自信に溢れた態度に、いつも世界征服を語るボスの姿が重なる。

 喋り方も雰囲気も、記憶にあるボスそのもの。

 しかし、彼の話す内容だけが、普段のボスとは真逆であった。


「まあ、もっとも君の言うボスなんて元より存在しないんだけどね。いいよ、数年来の付き合いだ。真の目的も話したことだし、君には私の素顔を見せてあげよう」


 そう言って、ボスは自身の覆面に手をかける。

 ゆっくりと顕になっていくボスの素顔に博士の目は釘付けとなった。

 そして、ボスの素顔を目の当たりにした博士は驚愕の色を浮かべる。

 なぜならば、覆面に隠されたその顔は、博士もよく知っている顔だったからだ。


「お、お前はーー」

「驚いたかい、博士。私は大統領。正義を愛する我が国の大統領だ」


 覆面を取ったスーツの男。

 彼の正体は、博士たちが征服しようとしていた国の大統領であった。

 

「まあ、つまりはそういうことなんだ。私は大統領であり、秘密結社のボス。秘密結社のボスであり、大統領なんだ。すでにこの国最大の権力を手にした私が、いまさら征服も何もないだろう? そういうことは表立って堂々とやるさ。だから裏の秘密結社では、大統領ではできないことをやろうと思ってね。それが倫理観を教え込む道徳機関の必要悪だ。大統領の立場で同じようなことをしようとすると、いろいろとうるさい人が多くてね。だからこうやって姿を隠して、個人的に悪の秘密結社をやっているんだよ。まあ、趣味みたいなものかな」


 博士の頭は、ただただ目の前の男が話すことを理解するのに精一杯であった。


 この国の大統領が、我々のボスだった?

 ーーそうだ。


 どうして?

 ーー必要悪のため。


 世界征服は?

 ーー君たちを動かす体のいい理由だ。


 どうして儂に声をかけた?

 ーー君の知識と腕は本物だからね。もっとも、怪人というカテゴリ限定だったが、使えそうだと思った。

 

 正義のヒーローは? 奴らは一体?

 ーーああ、バックには国がついているよ。ピンチになっても必ず最後に彼らが勝つように私が手を回している。

 

 



 趣味……だって?





「というわけで、怪人の頭は悪くないと困るんだ。結社の存在に矛盾を感じてしまうと、さっきみたいに逃げられてしまうからね。ヒーロー達に勝ってしまうのも不味いし……。というわけで、いつもの感じで頼むよ博士。また適度な知能の怪人を作って街を襲ってくれたまえ」


 悪の秘密結社が道徳機関。

 人間に価値観を教え込む必要悪。

 儂等は……、儂等は、一体……。

 


 座り込んだまま呆然とする博士。

 

 ふと、彼の腕がなにかに触れる。それは、辞めた怪人達が置いていった対ヒーロー用の武器であった。

 ズバイダー専用武器。拘束ねばねばネット。ボール状のそれは、投げると空中で放射状に広がり相手を容易に絡め取る。

 開発したのは博士自身だ。

 使い方はよく知っている。


 衝動に突き動かされるように博士はボールを掴むと、ボスに向かってそれを思い切り投げつけた。

 たちまちボスはネットに絡め取られ、動けなくなる。


「は、博士! 何をする!?」


 博士はボスの問いかけに答えない。

 ただ淡々と、目の間に転がる怪人専用の武器を、何かを囀る男に投げつけていった。


 マッスルバック専用武器。バナナの皮。踏むと滑って転びスキができる。ゴリラの匂いがついているため非常に臭い。

 投げつけると、ボスはあまりの臭さに顔を顰めた。。


「や、やめろ! なんて匂いだ! まるで、革靴のまま炎天下に歩き回ったあとの足の臭いだ。臭すぎる……!」


 スギーボーレン専用武器。花粉玉。スギーの生成した花粉が中にたっぷりと入っている。

 投げつけると、ボワンと花粉が舞い散り、ボスはくしゃみが止まらなくなった。


「や、やめろ! 私はスギ花粉アレルギーなのだ! はっくしゅん! ずず……。 はっくしゅん! ずず……。くしゃみと鼻水が止まらない! どうした博士? 何を血迷っているのだ!」

「……」

 

 博士は黙ったまま答えない。そして、次の武器を拾い上げる。

 シャークキング専用武器。シャーク・ガン。超高圧の水を噴射し、あらゆるものを切断する水鉄砲。その切れ味はダイヤモンドすらカットする。


 開発したのは博士自身。

 使い方はよく知っている。


 彼はシャーク・ガンの銃口を大統領へと向けた。


「儂のしてたことは無意味だったのか……」

「……そんなことはない。規律のある悪は必要なのだ! 博士! 貴様、何をしようとしているのか分かっているのか! 私は大統領だぞ!」

「……知っていますよ。……そうですか、悪の秘密結社の目的は、必要悪だったんですか……」

「そ、そうだ、だからその銃を降ろせーー」

「だったら、本当に必要かどうか、世界を代償に試してやりましょう」


 そう言って博士は、水鉄砲の引き金を引いた。

 加圧された水が勢いよく噴射し、大統領の首を切断する。

 ゴン、ゴロロと。

 胴体を離れた首が床を転がり、脱ぎ捨てられた覆面にぶつかって止まった。


「悪の秘密結社のないこの国がどうなるのか。……お前の代わりに儂が見届けてやる」


 博士は目の前に横たわる大統領の死体にそう言い放ち、シャーク・ガンを放り出す。

 結社を辞めた怪人たちを追うように、彼は力ない足取りでアジトを出て行くのであった。。

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