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騎士と姫君  作者: 曲尾 仁庵
騎士と姫君
88/95

怪物と姫君

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 風の馬は夜の森を疾走していました。速度を落とすことなく、木々の間を縫うようにして、最短距離を駆け抜けていきます。お姫様は振り落とされないように、必死に馬の首にしがみついていました。お姫様の長い白銀の髪が風に踊ります。

 不意に視界が開け、お姫様の目の前に野原の光景が広がりました。野原の中央には折れた槍で体を支え、ようやく立っている怪物の姿があり、そして怪物を遠巻きに取り囲むようにたくさんの騎士が剣を構えています。怪物の身体には無数の傷があり、肌は赤黒く染まっていました。怪物の近くには幾人もの騎士が倒れ、苦痛に呻いています。お姫様は息をのみ、風の馬の首に回した腕にぎゅっと力を込めました。風の馬はお姫様の想いに応えるように、力強く地面を蹴ると、騎士たちの頭上を軽々と飛び越えて、怪物のすぐそばに降り立ちました。

 お姫様は転げ落ちるように風の馬から降りると、怪物の許へと駆け寄りました。風の馬はお姫様の姿を優しい瞳で見つめると、風にほどけて消えていきました。


 私の声が聞こえますか?

 どうか、しっかりなさって。


 お姫様は自らが血で汚れるのも厭わず、ドレスの裾を裂いて、怪物の傷をぬぐいました。


 どうして……


 怪物が、かろうじてそう言葉を絞り出しました。怪物はもはや話をすることも難しいほどに疲れ、意識を保つのもやっとの状態だったのです。


 何もおっしゃらないで。傷に障ります。


 怪物の傷から流れる血を少しでも止めようと手を当てながら、お姫様は涙があふれそうになるのをこらえていました。この傷のひとつひとつが、お姫様自身の弱さや、卑しさや、臆病さによって生み出されたのです。お姫様の愚かさの代償に、怪物は血を流しているのです。


 私はあなたに甘えてばかりでした。

 あなたに犠牲を押し付け、私自身は何もしようとしなかった。

 私は弱いけれど、愚かだけれど、もうあなたを独りにはしません。

 今この時より、やがて来る終わりまで、私はあなたの傍にいます。


 そんなことはいいと、早く逃げてくれと、怪物はお姫様にそう言おうとしましたが、もう怪物には口を開く力も残っていませんでした。


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