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騎士と姫君  作者: 曲尾 仁庵
はじまりとおわり
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現在 -30-

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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 怪物はお姫様と共に、静かに、そして可能な限り急いで、夜明け前の森を歩きながら、絶望に染まりそうな心と必死に戦っていました。来た道を戻る怪物たちは、ほどなくして待ち構えていた兵士たちとは別の人間の気配に遭遇したのです。人の気配を避け、別の方向に向かっても、また新たな気配が現れます。もう、認めざるを得ません。怪物たちは完全に、囲まれてしまったのです。それはつまり、怪物たちはいつ兵士たちに見つかってもおかしくないということを意味していました。

 怪物は足を止め、お姫様を正面から真剣な眼差しで見つめました。


 私が兵士を引きつけ、道を開きます。

 あなたはその道を通り、山へと逃げください。

 

 お姫様は驚いたように顔を強張らせ、そして強く首を横に振りました。


 嫌です!

 あなたも一緒でなければ、

 あなたがいなければ、嫌です!


 頑ななお姫様の様子に、怪物は困り果ててしまいました。道を開こうと思えば、兵士との戦いは避けられません。お姫様を守りながら、兵士たちを蹴散らし、無事に逃げ延びるなどということができるとは、怪物には思えませんでした。それに怪物は、お姫様には兵士たちと戦う姿を見せたくありませんでした。どうにか説得しなければ、と言葉を探す怪物に、お姫様は、妙案を思いついたように弾んだ声で言いました。


 そうだわ。

 もう一度、妖精にお願いしましょう。

 きっとまた私たちを助けてくださいます。


 お姫様の言葉に、怪物は首を横に振りました。妖精はお姫様の持っていた美しいティアラや、首飾りや、指輪と引き換えに魔法をくれたにすぎません。もう妖精が欲しがるような宝物など持っていないふたりの前に、妖精が姿を現すとは思えませんでした。

 しかしお姫様は、か細い声で、懸命に、空に向かって呼びかけました。


 妖精よ、妖精よ。

 どうかもう一度姿を見せて。

 あなたの魔法で私たちを救って。


 するとどうでしょう。いつものように生意気そうな顔をして、妖精が空から降りてきたのです。お姫様の顔が喜びに輝きます。怪物は妖精が姿を現したことに驚きましたが、ふたりを助けに来てくれたとは思えませんでした。


 僕をお呼びかい?

 美しいお姫さま。


 妖精はどこかそらぞらしい微笑みを浮かべて、お姫様に問いかけます。お姫様は祈るように手を組み、縋るようなまなざしを妖精に向けました。


 追っ手がすぐ近くまで来ているの。

 どうかあなたの魔法で、

 私たちを助けて。


 妖精は大げさなほどに大きく頷いて言いました。


 もちろんだ。

 でも、その前にひとつ、確認させておくれよ。

 確か前にも言ったけど、

 何かを得たいと思うなら、何かを失わなきゃならない。

 僕の魔法と引き換えに支払う対価を、

 あなたは持っているのかい?


 お姫様は言葉に詰まりました。なぜなら、もう妖精が喜びそうな、妖精の魔法に見合うだけの価値のあるものを、お姫様は持っていなかったからです。


 あなたにあげられるものは、もう何も持っていません。

 だけど


 なおも言い募るお姫様の言葉を、妖精は残酷に遮りました。


 だったら残念、

 お話はここまでだ。

 あなたが代価を支払う限り、僕の魔法はあなたの味方。

 お代がなければさようなら。

 次回はぜひ素晴らしい宝石などご用意の上、ご用命を賜りますように。


 妖精は慇懃な態度で芝居がかった一礼をすると、用事は終わったとばかりに、怪物たちにくるりと背を向けました。


 そんな……


 お姫様は呆然と妖精の背を見つめます。その瞳から、涙がはらはらとこぼれ落ちました。怪物はお姫様の肩に手を置くと、今にも飛び去ろうとしている妖精に向かって声を掛けました。


 今まで助けてくれてありがとう。


 妖精は驚いたように振り向き、 顔をしかめて怪物をにらみました。


 あんたは大したお人好しだ。こっちは商売しただけさ。


 怪物は穏やかに妖精の視線を受け止めます。


 そうだとしても、感謝している。きちんとそう伝えたかった。


 怪物の蒼い瞳は、皮肉も嘘もない誠実な光を宿していました。

 ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らして、妖精はふたりの前から飛び去って行きました。


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