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ここまで書いてきて、批判的なポイントも出てきましたが、全体としては良い作品だったと思います。冒頭に万引きのシーンを持ってきて、最初からこの疑似家族が崩壊する事は暗示されている。犯罪はいずれ裁かれるわけですから、最初に犯罪を描くというのは、最後の崩壊を暗示する事になるでしょう。
しかし、その為に、リリー・フランキーと少年の交流とか、リリー・フランキーと安藤サクラ、松岡茉優と樹木希林の交流などが美しく描かれます。それらが崩壊を背にしている為に美しく見える。そういう風に、映画的によくできている。
この構造は北野武の「ソナチネ」と似ていると思います。「ソナチネ」はヤクザの話で、ろくでもない事をしている場面から始まるので、画面に映っている人物が軒並み死んでしまうのは想定されます。しかし、そうやって死を背負っているからこそ、沖縄の海での単なる遊びが美しくなるわけです。
そういうわけで、一つのテーマを背負って、そこから逆算して作品を作るというのは、非常によくできていたと思います。ただ、僕は上記に書いたような不満を持っています。例えば、この作品に「青年」は重要な役割では出てこない。特に、思い悩む青年は出てこない。何者でもなくて、その事自体が問題であるキャラクターはいない。
キャラクターはみんながそれぞれの役割を持っています。つまり、疑似旦那、疑似孫娘、疑似息子、疑似妻など…。彼らは疑似ではありますが、自分の役割に充足しています。黒子のバスケの犯人からすれば、そのような役割に充足する事自体が、他人を愛せない為に不可能である…そういう事に彼の苦しさがあったと思います。何故、こんな事を言うかと言えば、自分自身もそういうものを自分の中に感じるからです。
この作品には僕は、そういう感想を持ちました。つまり…傑作とは言えないが優れた作品である。また、現代の地獄を確かに描いているが、真の地獄にはまだ触れていない。とはいえ、学ぶ所が沢山あって、良かったと思います。ただ、やや上品すぎるとも思いますが。家族の犯罪をもっとえげつなく描いて、その後の家族間の愛情も映像含めもっと美しいものとして描き、最後の崩壊ももっと徹底的に描く(樹木希林だけでなく二、三人死ぬとか)でも良かったかと思います。フィクションなので、それぐらいやっても良かったと思います。不思議ですが、万引きをテーマにすれば「犯罪を助長するな」と言われたりしますが、銃で皆殺しにしても「犯罪を助長するな」とは言われません。不思議ですが。
…しかし、少なくとも、「シン・ゴジラ」のような能天気ではない作品を、日本という国はまだ生む事ができるのだなとは思いました。ただ、陶酔でもなく、現実に追従するのでもなくて、まだその先の領域があるように僕には思われます。「万引き家族」はそこまで達する事はありませんでしたが、今の日本では良い作品だったと思います。