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花踊る海の唄紬  作者: 奏
9/14

08

レモンイエローのワンピースが、曇り空の下で鮮やかな色彩を放つ。ふわっとしたパフスリーブと、膝下で揺れるレースの裾は、沈みがちなフィオーレの気持ちを少しだけ持ち上げてくれた。伸ばしっぱなしになっていた長い亜麻色の髪が潮風に晒されて激しく踊る。普段なら邪魔そうに掻き上げるところだが、今のフィオーレの状況はそんなのんびりした動きを許さないものだった。


「……ウチの預かりものに、用事か?」

「そんな事知るか。こっちの連れがこいつを探してんだよ。」


いらいらした調子の青年は、フィオーレに手を伸ばしたままで舌打ちを打つ。先だって掴まれた腕は、一瞬にしてグイドに払われ解放されている。


「その前にアンタ誰。海の都じゃ見ない顔だけど?」

「どうだっていいだろ。俺はフィデンツィオ、生まれは花の都だ。」


淡い水色の半袖パーカーが、遂にフィオーレとフィデンツィオの間に立ち塞がる。グイドが怒っていることくらい、言葉にされずとも伝わってくる。


「グイド、」

「心配いらない。」


冷たい声音はそれでいてフィオーレには聞き慣れたもので、堪らなく安心感を与えてくれる。フィオーレが特に警戒していないからか、彫りの深いフィデンツィオの顔が不思議そうに瞳を細める。どこか怖い感じもする彼に、グイドが怯む様子は全く見受けられない。それどころか、余計に挑発している様だ。あんまりな彼らしさについフィオーレが笑ってしまいたくなるほどだ。グイドは初めましてのようだけれど、フィオーレにとってフィデンツィオと会うのも彼の双子の兄であるマルツィオと会うのも初めてではないのだから怖くないのも当然といえる。毎回会うわけではないけれど、領主様のところに顔を出す際は、よく、出会う。



「フィデンツィオ、そんなんじゃこのコも怖がっちゃうって!」

「いたなら始めから出てこい、マルツィオ。」


ごめんごめん、と悪びれてなさそうな声でマルツィオがフィデンツィオの傍の裏道から姿を現す。


「我らが花の都のお嬢さん、お忘れ物を預かっております!」

「忘れ物?」

「列車の中にきみが忘れ物しちゃったの、フィデンツィオが偶然見つけてさ。もしかしたら会えるかなって僕らで預かってたんだ。今はお世話になってるところに置いてあるんだけど一緒に来てもらえる?もちろんそこの彼も一緒でいいからさ!」

「胡散臭い。なにを持ってるっていうのさ?」

「楽譜だよ、が、く、ふ。ポートフォリオに入ってたから大事なものなのかと思って!」

ほうら!と、指でマルツィオが四角く薄い本を模る。フィオーレはその動きを目で追って、ぽかんと口を開いた。


「が……くふ……?」

「んー?もしかして覚えがない?」

「見せてください、その楽譜!」

「え、そりゃもちろん、きみのものだし。」


知らない、そんな忘れ物聞いたことない、とフィオーレが目の色を変える。楽譜、楽譜。確かにフィオーレはこの海の都に短期留学のためにきていたはずだった。祝いの音楽は花の都、祈りの唄は海の都、花の都では得られない知識を得たいとシスターに頼み込んだのだった。楽譜のことを忘れてしまっていたなんて、と、なんだかおかしくなってくる。頭が痛い。言葉にできないもやついた情報が脳を回る感覚は、人混みに酔った感覚とどこか似ていた。自分ではどうしようもできない、ぐちゃぐちゃとしていて脳を締め付ける不快感。液体の中に脳を浮かされたように、痛みで感覚がぼやける。痛くて、気分が悪くて、一体自分の脳はどうしてしまったのだろうか。


「グイド、ついてきてくれる?」

「ここで僕が君をおいていくって本気で思ってる?フィオーレ。」

「ごめん、そうだよね。」


そうして、ありがとうと礼を示せば、マルツィオとフィデンツィオが興味ありげな視線を交わしたのだった。


「駅の近くの家だから、んー、黄色の壁の建物を正面から見て左から三つ目の席で待ちあわせとかどう?」

「あのあたりの外壁はだいたい同じだ、マルツィオ。白と赤の間の黄色でわかんだろ。」「黄色でわかる。」


不機嫌を抑えないグイドも、ポートフォリオを受け取りにいくことには賛成らしい。


「じゃあ、シエスタ終わりに。」


フィデンツィオとグイドの間で確定された約束に、フィオーレとマルツィオも笑って頷く。十四日を繰り返す度新しいものとは出会うけれど、今回もまた、目新しいものに出会えている。この事実こそが、きっといつか百年祭にたどり着けるはずとフィオーレを奮い立たせるのだった。


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