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花踊る海の唄紬  作者: 奏
6/14

05

夢なのか、それともなにかの魔法なのか。海の都がフィオーレへとかけたその魔術は、ただただ甘く、そして痛い。






うたを、うたをきこえるように、きこえないように忘却は赦し忘却は約束定めに従え、選択を祝え護りを、癒しを、眠りをきこえるように、きこえないように姫君の魔法は海を覆わん極彩色のベールを大袈裟に広げて、ひみつを都深く隠さん黄金色の海に朱の花弁が踊る、踊る、泳ぐ永久の魔法は都護るだろう古の魔術は全て奪うだろういとといと絡むこの海に全て全て沈めてしまわん







まるでそのまま夜空の星屑を散りばめた海面は、それでいて深くから語りかけて来る様。水中深く深く建物の基盤より深いその場所から響く歌声は海の都を優しく甘い声音で包み込む様に抱く。言葉は朧、それでも哀悼を帯びた声の意図はしっかり伝わる。眠らないまま輝く海の都もまた船頭の唄と海の声を聞きたいのだろうか。揺れるランタンの灯りがぽつりぽつり海を照らしていた。


「たまに、流れて来るんだよ。」


悲しい唄を一旦止めて、船頭が語りかける。彼のその言葉に呼応する様に流れてきた数個のランタンと、月明かりの下ではうまく色彩の判別が取れない花弁がゴンドラのへりに当たっては向きを変え、当たっては向きを変える。


「百年祭の催しです、か?」

「うん。水の都の繁栄を祈る意味と、あと、海に沈んだ姫君への追悼を示してるんだ。」


狭い水路を花弁が覆う。オールに付着するそれらに構うことなく、船頭が今度は口笛を奏でる。彼の伴奏に合わせて海の歌はより音量を増し明瞭に聞こえるのに、矢張り彼には聞こえないのだろうか。淋しい、と思うも、きっと海の歌い手は船頭にその声を聞かせたくないのだろう。ひっそりひっそり、彼を憂う様な歌は都共々船頭とゴンドラを柔らかく抱く。


あかき憂いよ ねむれ、ねむれ光は上に下に、傍に響き給え 包み給え深き眠り許されしものよ女神の御胸に抱かれてねむれ記憶も涙も投げ出しねむれ


潮を孕んで粘り気を帯びた風が纏わり付く。髪がべたつく感覚は最早慣れっこで、懐かしささえ感じるもの。ねむれねむれ、と風が唸る。海の歌声なのかフィオーレの空耳なのか分からないけれど、時間の流れさえあやふやに感じられるのだから些細なことかもしれない。一体あと何度繰り返せば終わるのだろう。そんなことに思いを馳せても時間の無駄だ。全く同じことの繰り返しならともかく、少しずつだが変化はあるのだから、と己に言い聞かせてベタつきを振り払う様に頭を振る。


「夜が明けるよ。」


俺の時間だ、なんて嬉しそうな彼の声に風が一際うねる。まるで生きている様な海と、同調する船頭が水平線に浮かぶ新鮮な朝日よりも眩しくて、一旦そっと目を伏せた。ぐらりと眠り足りない意識が揺れるも、瞼を上げれば瞬間眠気はとんでいくから便利だ。歓喜する様に濃紺の海が朝色へと姿を変えてゆく。侵食する金色を甘んじて受け入れるさまは潔い。ダイヤモンドの様な星屑を、だんだんと赤金色が埋め尽くしていく。朝焼けに燃える海は、それでもなお船頭を優しく優しく照らしていた。昼間は絵の具の様にこちらまで染め上げてしまいそうな海なのに、太陽は飲み込みきれないのだろうか。己の色を鮮やかに変える海は、新日に負けない輝き。それでも深淵は暗いままで、海のままで、陽がさしても秘密のベールは剥がれない。


七色が滲む。水面で遊ぶ極彩色は太陽に照らされて生まれたもので、海がその姿を別の何かにしようと擬態でもしているようだ。中に潜むものを抱き込み隠し覆ってしまうが如く表面が彩られる。


「あ、ラザロだ。フィオーレ、ラザロに送ってもらいなよ。」


船着き場を前にして、のんびり海を眺める見知った姿にセストが声をあげる。驚く事無くフィオーレとセストの姿を認めた三人目の『いつも覚えてくれている相手』に、フィオーレは手を振るのだった。


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