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怪談の学校  作者: せい
3/3

天文学部

 冗談じゃない、と思った。


 全く、冗談じゃない。

 走っていた足を止めてはあはあと息をつき、足音を立てないように歩き出す。

 幽霊なのか亡霊なのか、何でもいいがそんな物を相手にこの行為だって意味が無いのかもしれないが、そうせざる終えなかった。


 そもそも、この学校の夜間見回りのアルバイトだけ給料が高い時点で気付くべきだったんだ。

 いや、そうじゃなくても、先輩が止めてきた時点で……。いや、またはこのアルバイトをさせてくださいといった時の、担当のなんたらという人がものすごく驚いた顔をした時点で気付くべきだったんだ。

 どこか一箇所で、やめるべきだったんだ。

 幽霊なんていないと信じ込んで金目当てにバイトをやった自分が、ものすごく馬鹿らしく感じる。


「あのー、どこですかあ?」


 先程よりも近いところから、少年の声が聞こえてきた。思わずぎくりとして、辺りを見回し、近くの扉から教室の中へと入る。


「懐中電灯だけでも、受け取ってくださいよぉ」


 泣き声が混じってきた。

 しかし、そんなことに騙されるほど俺は馬鹿じゃない。

 そりゃあ確かに、金目当てでいかにも何かありそうな学校にアルバイトをしにやって来て、いないと信じていたはずの幽霊に追い掛け回される構図は馬鹿らしいかもしれない。けどな、こうやって泣き声を出して人を呼び寄せるなんて、幽霊の常套手段だって事ぐらいは知っているさ。

 こうやって悪かった、俺が悪かったよと出てきた俺の良心を粉々に打ち砕くように後ろから抱きついていきなり石に変わって俺が死ぬまで動かないでいるなんて、そんな非道だ。非道すぎる。


 やはり、幽霊なんて信用できない。そう思い、よし絶対出て行かないぞと思って、そっと耳を澄ます。

 不透明な扉の奥が透けて見える気持ちになって廊下を見ていると、


「なあ、兄さん兄さん」


 誰かが話しかけてきた。


「うるさい黙ってろ。あいつらが気付いたらどうするんだよ」


 ぼそぼそっとそいつに向かって言い、再び耳を澄ませる。

 少年が、どこですかあ? と嘆きながら通り過ぎ、奥にある曲がり角を曲がっていったのが分かった。

 安心して、ふうと息をつく。


「なんや、ネロとパトラッシュちゃうんか、あれ。兄さん、あの二人から逃げてたん? 可愛いやつらやないか、兄さん格好悪ぅ」


 そういえば、一番最初に寄った図書室に落ちていた本は確かフランダースの犬で、その挿絵が抜け落ちていた気がする。というか、何故高校にそんな児童書があるのかが疑問だったが、きっとご愛嬌だろう。

 念のために言っておくと、フランダースの犬とはあれだ。あの、主人公が「パトラッシュ、僕はもう眠いよ」と言って眠る話だ。うむ、我ながら何と分かりやすい説明だ。

 ……ってそういう話は関係なくて、何故こいつはこんなにもなれなれしく話しかけてくるんだ。

 そう思ったと同時にそいつが

「聞いとるん?」

 などと言いながら俺の方に手を掛けてきた。


「うるさいっ!」


 思わず怒鳴りつけてなれなれしく手を掛けてきていたそいつの手を払い、


「うわっ……っ――」


 大声を上げようとして、口をふさがれた。

 真っ白で細い指……といえば聞こえはいいが、骸骨である。

 あれだ、人間の骸骨だ。真っ白な奴だ。


「今更声出さんで欲しいわあ。わいが幽霊やからって、そんな驚かんでもええやん。傷つくぅ」


 妙に語尾を延ばす口調で、というか、それ以前に何故関西弁なんだ。

 かたかた言いながら近づいてくるアンデットでものすごい力で締め上げて俺を窒息死させようと企んでおきながら、その気の抜ける口調は何だ。

 そうか、油断させようとしているんだな。そうだな。


「まあ、音楽室と美術室見てきたんやからしゃあないとは思うけどなぁ。でも、わいは温厚なる天文学部やで? 星の観察だけや。まあ確かに人としゃべってみたり、ちょいと驚かしてみたりするのは好きやけど」


 そうか、それは悪いことをした。

 そう思って、少し反省してみる。


「……まあ、ええけど。ちょい待ってなはれ。ネロに言って懐中電灯もらってくるで」


 そう言って、一方的に骸骨が出て行った。

 ようやく落ち着いて、少しだけ辺りを見回すと、右側の少し遠い壁に人体模型……無表情な人間の半分だけ、皮がはがされている奴が置いてあるのに気が付く。

 よかった、こいつが動くんじゃなくて。まだ、骸骨でよかった。

 そう思った瞬間。


「もらって来たでえっ」

「……って早っ!十秒とたってないだろっ」


 思わず突っ込む。直後に骸骨が

「ええなあ、久々の突っ込みやっ! 身に染みるでぇ」

 などと言い出したがもちろん無視。当然無視。


「とりあえず、感謝する。それじゃあ、俺はこれで」


 懐中電灯を受け取ってじゃっと手を振ると、


「って待ってぇな」


 と腕を掴まれた。


「なんだよ、俺は忙しいのだ。早くこの仕事を終わらせてさっさと寝て明日できたばかりの初々しい彼女のところへお出かけして映画……」

「兄さんの予定はどうでもええんや。問題はな」


 そこまで言って、一瞬だけ言葉を切る骸骨。

 はよ離さんかいな。腕いたいわ。


「わいが、人を呪ったりもするって事忘れて……」


 低い声で言われた言葉に、すっと意識が遠くなるのを感じた。


「……ってまあ嘘やけど。最後ぐらい楽しませて……って兄さん? どないしたんっ!」


 ふらふらと倒れそうになって、慌てて骸骨が聞いて来る。すこし遠くなった耳に骸骨の


「大変や。人体模型のおっさん、早う来て」


 その言葉がどうにか届き、動き出した人体模型を見た次の瞬間、俺の意識はどこか遠くへと旅立った。




 俺の夢の中、川の反対岸にいる黒澤明が「これからも七人の侍は大ヒットさ」といっていた。

何で七人の侍なのか……完全にその場のノリと勢いだった気がする。

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