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 俺はごねた。


「やだやだやだ、なんでおかんと徒党くんで魔王となんか戦わなくっちゃいけないんだ。勇者なんかやだやだやだ。いますぐもとの世界に戻してくれよう」

「戻すも何も、あんた死んだんよ。ここで生きるしかないんだって」

「てか、おかんは何でいるんだよ!」

「あほ! 目の前で可愛いひとり息子が死んだら、かあさんも心臓くらい止まるわよ!」

「お、おう……」

「いいじゃないの。かあさんもあんたも、美形に生まれ変わって、勇者と聖女やて。かあさんこの年でミニスカートやて。恥ずかしいわあ。うふふ」

「コノトシじゃねえだろ。頬を赤らめるな。ちょっと喜ぶな」

「あんたもシュッとしてまあ、ええ男やないの。キムタクよりシュッとしてるわあ」

「おだてかたがくそ古いっ! あと、シュッ、てなんだよ、シュッて!」

「具体的に翻訳は難しい……」

「勇者よ、魔王を倒せばこの聖女と結婚できるぞ」

「誰がするかぼけえええええ!」

 

 俺がどれだけあらがっても、俺は勇者で、そして魔王を倒しに行くという神託は揺るがないらしかった。

 仰向けになってジタバタする俺の両足を抱え、とうとう聖女がぶちきれる。


「いい加減にしなさいあんたって子はっ! ニートから勇者、大出世やないの。ここでやらんと人生どうにもならへんよ? そんなんだからカノジョも友達もできんし猫もなつかんのよ。ほら、もういくで。しゃきっとしなさい。自分で鞄もって! 靴下はいて!」

「ううっ、う、う、やだよう。だって、だって」

「だってもへちまもあらへんの! 傘もった? タオルは? あんた汗かきやねんから二枚もつんよ」

「やーだーよーぉー」


 聖女は俺を怒鳴り、叩き、電気アンマをかまし、そのまま両足首を持って、俺を神殿から引きずり出した。

 同敷地にあった王宮からは王族貴族諸侯が見物に訪れ、王都の住人から花が渡される。

 

 おかんによって引きずられながら、俺は力なく手を振った。


 

 魔王討伐に向け、王様からもらった金を手に、とりあえず町で買い出しをする。

 国を挙げて勇者を送り出すにしてはやけにしみったれた額だがぜいたくは言うまい。もとの装備も、絵的にはたいそう立派な騎士鎧だが、これで実は布の服だった。諸刃の宝飾剣もこんぼうだ。すまん俺も何言ってるんだかよくわからない。

 俺たちはとりあえず鉄製の武器と旅用装備を仕入れ、王都壁を出てすぐにワラワラと生息している、ココホルトやリンリンゼミ、とびげりキャットを倒しながら先へ進んだ。

 

 聖女はぶつぶつと呪文を唱え、両手を俺の肩にかざしていた。橙色の明かりが、ビッグりネズミ相手に負った怪我を癒していく。


「なんだか弱いモンスターばかりでよかったわねえ。こっちはまだ不慣れだから、修行がてらこのくらい、ちょっとがんばれば倒せるって言う強さで順番にかかってきてくれるとほんと助かるわあ。いきなり百匹の大群とか、魔王の側近とか出てこられたら即死よねえ」

 

 おそろしく本質的なことを言うが、俺は相手にしなかった。見た目は超絶美少女でもあれはおかんだ。家の中ならともかく、外では口もききたくない。同級生に見られたらマザコンだと思われるだろ。

 

 おかんが手を離すと、傷の痛みはすっかり消えていた。さすがは聖女、と感心したが、同時に奇妙な既視感を覚える。

 そうだ。この美少女はおかんなんだ。

 俺は生まれてきたその日から、ずっとこの手の温もりで、空腹や寂しさ、転んだ傷の痛みを癒されてきたのである。

 

 そういえばおかんは、かつて看護師をやっていた。

 寿退職ではなく、俺が中学にあがるくらいまでは夜勤にもでていたはずだ。

 俺はそれより前から留守番には慣れていたし、すでにバリバリのヒッキーで、家の中のことは何でもできる年である。……ふつう、そこから職場復帰する女親が多いのではないだろうか。おかんは逆の道をいってる。

 おかんはどうして、看護師を辞めたのだろうか。

 

 それを問うことはないまま、俺は手早く鎧を付け直し、無言のまま鞍へとまたがった。 


 この馬車は途中、困っていた老人を助けた礼にと頂いたもの。老人は娘の結婚式用のケープを届けにいく途中、森で脱輪、馬が脱走し、途方に暮れていた。その馬を捕まえてやったのが俺たちである。

 その現場で馬車を受け取って老人とは別れたが、よく考えたら何の解決にもなってない。老人はあのあとどうしたのだろうか。

 まあ俺には関係ないことだけど。

 

 馬車の上で地図をみながら、聖女ことおかんが声を上げる。


「地図によると、魔王城はここから遥か北、二キロくらい先なんだけど」

「近いな」

「ただしその周りには堀のようなものがあって、ぐるーっと囲んでるね。その穴は地獄のそこまで続く奈落だそうよ」

「交通の便が悪いな。飛べない魔物はどうしてんだ」

「だから、乗り込むのは魔王城のてっぺんから。それには飛竜を手に入れる必要がある。飛竜の巣穴は絶海の孤島、サウスエルバドルのどこかにあって、その在処を知っているであろう『竜の守人』と呼ばれる民族が島のどこかにいて、島にはひとつだけ村があって、さきもり村っていうらしいわ」

「そこだな」

「でもねえ、サウスエルバドル島にわたるには船がなくちゃ……。船といったら、ここから西の果てに、造船で有名なイルミ村っていう港町があるんだけども、村長はこのごろ心労がたたって寝込んでるらしいのよ」

「会話すらできないのか? てか村長代理みたいなヒトいないのか? てかほかの町で船を用立てればいいんじゃないのか?」

「その原因は、山を越えた先に嫁いだ娘さんが心配だから、って。だから、その娘さんに『パパわたしは元気でやってます』って手紙を書いてもらったら、イベントクリアね。順番にフラグを回収していきましょう」

「ちょっと待てさっきから、どこから入った情報だ。その地図、そんなことまで書いてるのか?」

 

 聖女は地図をひろげて見せてきた。紙芝居のようにして、裏面の印刷を読み上げる。


「大丈夫、ファ○通の攻略本だよ!」

「ちっとも大丈夫じゃねえだろアレ肝心のラスダンからさきシークレットだろ、信頼度低いわ!!」


 全力で叫ぶ俺に、聖女はマアマアと気楽に手を振って、


「こっちはこの世界のことよくわからないんだから、素直に言うこと聞いときましょうよ。まずは一回、魔王城のそばによって、『この淵は奈落まで続いている。通ることはできない』って、誰かに呟いてもらわないといけないのね」


「誰かって誰だよ」


「キートン山田、とか」

 


 そうして俺たちの、長い旅が始まった。



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