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夏色の記念写真(表)

リクエスト頂いていた、楓のお話です。

本編の夏休み番外編あたりです。

 夏は嫌いだ。

 普通に暑いし、蝉は五月蠅いし、海だプールだ祭りだとはしゃぐ気にもなれない。

 夏休み中は学校に行かなくて良くて、集中して小説を書けるのだけが助かる。夏の良いとこなんてそのくらいだ。


 ……そのくらい、だったのだが。


 帰省してきた親友と、久しぶりにゆっくり会えるのは、悪くない。



●●●



「おーい、楓! こっちこっち!」


 街で一番大きなデパートの近くに位置する、レトロな外観がお洒落なカフェ。此処はつい四日前、三葉と花火大会に行った日にも立ち寄った店だ。


 夏休みも佳境の現在。

 今日は中学時代からの友人である紅葉もみじと杏、それに私と三葉で集まって、お茶した後に映画を見に行く予定をしている。


 追いかけてくる太陽光から逃げるように店内に入り、適当に前と同じカフェオレを頼んで、すでに来ていた紅葉と杏の居る席に向かう。

 この二人とはクラスは違うが高校が同じため、さほど珍しい顔ぶれでもない。


「あれ? 三葉はー? 一緒に来るんじゃなかったの?」

「家の用事で少し遅れてくるって」


 「そうなんだー」と緩い口調で呟き、私の正面に座る杏は苺のフラペチーノを啜る。

 ふわふわの天然パーマのロングヘアーに、小さな顔に大きな瞳。淡い水色のカットソーに、白のプリーツスカートから惜しみなく生足を晒す杏は、如何にも『今時の女の子』といった感じのゆるふわガールだ。


 これで趣味はお菓子作りだというのだから恐れ入る。人の恋バナに目が無いところと、雑食系ヲタクなところが玉に傷だが。


「今日のメインは三葉なのにー。楓はもう二人で遊んでるからいいけどさ。私はこの前、本屋でバッタリ会ってちょっと話しただけだし。紅葉に至っては、三葉と会うこと自体、中学の卒業式以来なんだよ? 色々と聞きたいことがあるんだけどなぁ」

「……時間はあるんだし、ゆっくり待てばいい。家の用事なら仕方ない」


 ふわぁと欠伸を零すのは、杏の隣で椅子にぺったり背を凭れさせている紅葉だ。

 女子にしては高身長な私より、さらに高い170㎝。長い手足を小麦色に焼いた彼女は、中学からずっと陸上部のエースを担っている。服装も細身のパンツにロゴ入りのタンクトップ、腰にチェックの上着を巻いていて、全体的にスポーティーだ。


 ただ、走っている時はキリッとしていて凛々しいのに、普段は常時ぼんやりして欠伸を漏らしている、ねむたガールである。

 

「そうなんだけどー……どうしても早く、三葉に確かめたいことがあるの! 本屋で遭遇したときにね、私ってばたまたま見ちゃったんだよねー、三葉のスマホの待受け」

「待受けがどうしたのよ」

「えー、楓は見てないの? あの写メ!」


 急にどんぐりのような瞳をきらめかせ、杏が身を乗り出してくる。

 もちろん私は、人の待受け画面を覗く趣味は無い。三葉の待受けが何なのかなんて、親友だからってそこまで情報はインプットしていない。


「……どんな写メだったの?」

「お。紅葉、興味ある? あのねー、たぶん、高校の友達と撮った写真だと思うんだけど。まず中心が三葉で、後ろに優しそうなおじいちゃんが写ってた!」


 「おじいちゃん?」と私は怪訝な目を杏に向けた。


 首を傾げた瞬間に、一つに束ねた長い髪がハラリと一房落ちてきて、鬱陶しくて素早く耳に掛ける。ちなみに私は、普段通りの丸い黒縁メガネを愛用し、服装もシンプルな色合いのロングカーデとミッドカーフ丈パンツ。杏のようなふわふわコーデは、仕事時のキャラ付けだけで十分だ。


「雰囲気的に、先生? 用務員さん? 寮の管理人さん? チラ見の写メからでも分かる、慈愛に満ち溢れたお顔が素敵だったー。老紳士って良いよね!」

「杏は本当に守備範囲広い……」


 紅葉が眠気で半開きの瞳に呆れを浮かべ、やれやれと息を吐く。


「あとは、三葉の右横にすっごい美少女が居たの! 金髪! 紫の目! 魔法適性ってやつだっけ……? 外国のお姫様みだいだった!」


 『魔法適性』というのは、魔法能力に目覚めた人間のみに出る現象で、それが現れると髪や目の色が変化する。私の親友である三葉は、それのせいでピンク髪と琥珀色の目という、ゲームのキャラみたいな配色になった。

 ……あの子には、あんな派手な色、似合わないのに。

 本来なら私と、それに杏と紅葉とも、一緒に同じ高校に通う予定だった三葉が、急遽山奥の魔法学校に放り込まれたことは記憶に新しい。


「恥じらう感じがまた可愛くてねー。三葉にあんな友達が居るなんて……せひ紹介して欲しい!」

「……紹介してもらってどうするの?」


 紅葉の質問に、杏は「一緒に着せ替えごっこする!」と堂々と言い放つ。この場合は、杏がその美少女ちゃんを好き放題にコーディネートするのだろう。傍迷惑な話である。


「そんでそんで、此処からが本題ね! ……実は三葉の横に、『男の子』も写っていたのです」

「男の子?」


 ニヤリと口角を釣り上げる杏。

 私は眉毛を跳ね上げる。


「如何にも不良な男の子だったけど、なかなかイケメンでねー。私はわりとタイプ! 赤髪に肉食獣みたいな金目で、すっごい不本意そうに写真に写ってたけど、三葉とは親しそうだった。あれは絶対、彼氏だよ! 三葉の彼氏!」

「三葉は恋人なんて出来てないって、言ってたわよ、この前」


 そうだ。花火大会の日にこんな話題が出て、三葉は「忙しくてそれどころじゃない」と言っていた。本人から聞いたんだから間違いない。

 本当に出来ていたら、私にちゃんと報告するはずだし。


「普通に友達じゃないの……」

「違う! 絶対、あれは彼氏!」


 杏は紅葉の意見を一蹴し、自信満々で言い切る。

 恋バナ大好きな杏らしく、今日で一番生き生きしてる。

 

 赤髪に金目の不良君ねぇ……と、私はカフェオレを飲み干して、頬杖をつき瞳を細めた。

 彼氏では無いとしても、三葉とは親しい間柄であることは確かなようだ。もう少し、詳しくあの子の高校生活について、聞いておくべきだったかも。


 ……うん、普通に気になる。

 余計なお世話はしたくないけど、ソイツがどんな奴なのか、確認しないと気が済まない。


「写メでは見切れてたけど、三葉と腕を組んでいたんだよー。いや、あれは三葉が彼の腕をとって、強引にカメラの前に引き摺ってきたみたいな? やだ、三葉ったら大胆!」

「杏、ウザい」

「楓ひどい!」


 「慰めてー」とじゃれつく杏を、紅葉は適当にあしらっている。目の前に座るこの二人は、中学時代から仲の良い姉妹みたいなコンビだった。いつもこんな調子だ。

 

 それより、三葉と不良君との関係である。三葉がやってきたら、これは尋問決定かな。


 私はカフェの入り口に視線をやり、まだ来ぬ親友のことを想う。

 こうやって、夏休みの長期休暇しか会えなくなっても、三葉の一番の理解者でありたいと願うのは、古い友人のエゴだろうか。 例え本当にその不良くんがあの子の恋人で、特別な地位を得ていたとしても、まだまだ私は、ソイツよりも三葉に頼られていたいのだ。


 あの子の抱えて隠している『秘密』だって、いつかは明かしてもらうからね。


 花火に彩られた横顔に、憂いを含ませ、私の知らない切なげな表情を浮かべた三葉を思い出し、私は一瞬だけ瞼を伏せる。

 カフェの外から蝉の大合唱が耳に届いて、肌を乱雑に撫でる冷房の風を煩わしく感じながら、なんとなく「やっぱり夏は好きじゃない」と、そう思った。


三葉サイドの写真を撮った経緯を、夏色の記念写真(裏)として明日投稿します。

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