21/24

あったかもしれない話(バレンタイン記念if小話)

バレンタイン記念のif小話です。本編とは切り離してお楽しみ頂けますと幸いです。

　２月１４日は、言わずと知れたバレンタインデー。

　バレンタインは、なんていうのかな。

　私にとっては、その、恋愛とかそういうのよりも、お世話になった人にチョコを贈りたい……って感じが強かったんだよね。

　だからわざわざ外出許可を取って、学校が休みの日に街に降りて材料を買った。悩んだけど、お菓子作りなんて初心者同然の私でも、簡単に作れそうなクッキーにしてみた。

　食べやすいお手頃サイズの、サクサクまあるいチョコチップクッキー。

　……ただ『クッキー作り＝簡単そう』っていうのは安易な間違った認識で、不器用な私には少々ハードルが高かったようだ。

　心なし、本当にちょっぴり心なし、食べれないほどではないが、固めな仕上がりになってしまった。サクサクというよりザクザク？

　不味くはない……とは思うんだけど、うん。

　作り直す時間も材料もなかったので、私はその中でも比較的マシなのを選んで、贈る人の数だけクローバー柄のラッピングバッグに入れて、緑色のリボン付きワイヤータイで結んだ。

　ハートとかの方がバレンタインらしいけど、やっぱり私といえばクローバーだよね。

　それをバレンタイン当日、いそいそとみんなに配り回ったわけである。

「あの、梅太郎さん。これよかったら……」

「僕にくれるの？　おやおや、三葉ちゃんの手作りかい。この年でバレンタインなんて照れ臭いけど嬉しいねぇ、ありがとう」

「う、梅太郎さんの内面は、実質お若いので！」

　まず朝一に寮を出る前、寮監室に寄って梅太郎さんに差し出せば、彼は朗らかな笑顔で受け取ってくれた。

　そんな彼の手元には、すでにいくつかのチョコらしきものが……。

　人当たりもよく親切な梅太郎さんは、女生徒はもちろん、女性教員にも純粋に慕われている。きっと普段のお礼チョコだろう。

　その中にあった、真っ赤な箱に金のラメ入りリボンの派手派手な代物は、もしかして彼の『お嬢様』からかな。

「ホワイトデーは頑張らないとねぇ」と白い顎髭を揺らして笑う梅太郎さんに朝から癒されて、私は気分よく登校した。

「心実に比べると、お菓子作りの腕はあんまり上手くはないけど……これ、友チョコとして受け取ってくれるかな」

「ああ、お姉さまからの『友チョコ』……！　なんて甘美で素敵な響きでしょう……！　勿体ないです、光栄です、ありがとうございます！　永久保存致します！」

「いや食べてね！　ただでさえ出来が心配だから早めに！」

　学校に着いて授業を受けて、あっという間にお昼休みのランチタイム。

　屋上で一緒にご飯を食べはじめる前に心実に渡したら、案の定おおげさに喜ばれた。大きな紫の瞳をうっとりさせ、今にもくるくる踊り出しそうなほど。

　そんな彼女から受け取った『友チョコ』は、外はサクッと中身はしっとりフォンダンショコラ。

　お弁当を食べたあとに一口かじったら、ちょっと洒落にならないくらい美味しかった。……クッキー、やっぱり早まったかも。

　でも心実は私作のクッキーの袋を大事そうに抱えて、「はあ、バレンタイン、素晴らしい日です……」とものすごく幸せそうだったので、まあ、いいのかな？

　あとは草下先生（彼もたくさん女生徒からチョコを受け取っていた）や、山鳥君や森戸さんなどなどの仲良しなクラスメイト勢にも配っていった。ひとまずもらってもらう段階では、みんな嫌がる反応ではなかったので一安心だ。

　そして放課後になる頃。

　――――私の手元に残るクッキーの袋は、あと一つ。

「樹虎さーん……いますかー……」

　いつも彼がいる大木の下で、私は窺うように声をかけた。

　木の葉の隙間から赤い髪と長い足が覗いていたので、いることは間違いない。……返答はないけど。勘で起きているとみた。

　目的は残ったクッキーを渡すことだし、ここにいてくれていることがわかれば十分だ。

「今日はね、知っているかもしれないけどバレンタインで……樹虎にも、えっと、チョコのクッキーを作ってきたんだ。あ、相棒だし、日頃の感謝を込めて」

　……そう、あくまで相棒宛てである。

　別にそれ以外の特別な意味はない。どうしてか、他の人に渡すときには感じなかった異常な緊張感に苛まれているが、なにかといつも迷惑をかけてしまっている自分の相棒に、ただ他意なく渡すだけだ。

　大丈夫、大丈夫。なんにも問題ない！

「こ、ここに置いとくね……よかったら食べてね」

　やっぱり返答はなかったけど、なんだかんだ優しい不良な樹虎は、樹の根元に置いておけばとりあえずはもらってくれるはず。実は甘いもの嫌いな彼のために、もっとチョコを使うようなベタ甘系を避けたとこもあったり。

　私は恐る恐る、クッキーたちを入れてきた紙バッグごと、ちょんと根元においておく。

　一枚でも食べてくれますようにと願いながら。

　風にそよぐ赤髪を、チラチラと最後まで気にしながら、私は逃げ去るようにその場を後にした。

　――――さて、ここからはバレンタインの後日談だ。

　次の日は日曜日で、私はガッツリ１１時くらいまで惰眠をむさぼって、お昼ぐらいに私服に着替え、天気もよかったので適当に散歩にでも行こうとした。

　歩きやすいシューズを履いて、意気揚々とドアを開ける。

「ん？」

　するとドアの取っ手には、見覚えのある紙バッグがかかっていた。中を覗けば、これまた空になったクローバー柄のラッピングバッグが、簡素なメモ切れ一枚と共に入れられていた。

　メモを読んで、私は吹き出す。

「『かてぇ。でも食えないことはなかった』……か。直接言えばいいのに」

　バッグを片手に、ふふっと笑い声をこぼす。

　でも決して口では言わない、こうなにかと遠回しなところが、如何にも彼だよね。

　とりあえず次の機会があれば、今度こそ美味しいクッキーを焼いてやろう。

　私は苦い顔をしてクッキーを平らげてくれた彼の顔を思い浮かべて、また小さく笑った。

今月22日には、書籍版最終巻の番外編集が出ます。８割書き下ろしで頑張ったので、よかったらよろしくお願いいたします(以下に詳しいお知らせあります)。またその日になったら、発売記念の番外編をあげる予定です。

お読み頂きありがとうございました！