お見舞い日和 4
「なんで祭先輩が私の部屋に……?」
彼女は臙脂色の制服姿。
生徒会は放課後、校内の見回りやら学校行事に関する書類作成やらで、いろいろとお仕事が忙しいはずだし、ますますこんなところにいることが謎である。
私の疑問を察した祭先輩は、「実はこれも、生徒会のお仕事の一環なんだよ」と小さな胸を張る。
「最近、学校全体で風邪が流行っていてね。寮でお休み中の子が多いんだよ。それで会長が『生徒会で出張お見舞いをしたらどうかな?』って提案してきてさー」
「出張お見舞い、ですか?」
「そうそう」
これお見舞いの品ね! と手渡されたのは、茶色の紙袋。
中を覗けば、箱入りの額に貼るタイプの冷却シートと、購買で売っているヨーグルトが入っていた。箱のほうにはマジックで、『お大事にね! 生徒会一同』と書かれている。
どこかの副会長さんとは違って、達筆の流麗な字は、意外にも祭弟の手書きらしい。
「最初はいきなり来たら、休んでいるのに迷惑じゃない? とも思ったんだけどさ。こんな寮生活だからねー、様子見も兼ねて! 試しに会長が最初に出張したときは、本当に具合悪いのかってくらい相手の子が大喜びで、『元気になるのでぜひ続けてください!』って言われたらしいの。それ以来、顧問の先生から病気とかで学校を休んでいる子の情報が来たら、こうして生徒会の誰かがお伺いするんだよ」
なるほど、とようやく納得である。
当校の生徒会は、会長が笑い上戸なことを除けば極めて優秀で、生徒のことをちゃんと考えて気配りしているようだ。
柊雪乃さんが抜けて人数的にも厳しいだろうに、その心遣いは素直に感心する。
訪問が迷惑、と感じる生徒もいるにはいるだろうが、人気者の彼らがお見舞いに来てくれたら、大半の生徒は喜ぶだろうな。ファンの子ならそれこそ狂喜乱舞だ。
むしろわざと体調不良で休みたがる輩が出るのでは……とさえ思うよね。
「そんなわけで、急に来ちゃってごめんね。体は大丈夫?」
「あ、はい。もうだいぶ熱も下がったので……」
「そっかそっか、それなら良かった!」
精一杯背伸びをして、よしよしと私の頭を撫でてくる祭先輩は、まさしくお姉ちゃん気質だ。
ちょっと照れながら、「お忙しいところありがとうございます」、と袋を抱えて礼を述べれば、祭先輩は可愛らしくふふっと笑う。
……とりあえず私のところには、会長や書記じゃなくて、祭先輩が来てくれてよかった。
そのあと、私と祭先輩は本当に軽く立ち話をして……内容はほとんど、彼女の生徒会男子共に関する愚痴だったけど(会長の笑い声がうるさい、弟のアキトがバカすぎて困るなどなど)、それから彼女は慌ただしく去っていった。
自分の役目を無事に果たしたかと思えば、次は学校に戻って、まだまだ生徒会の仕事が山積みらしい。
「奴等がまたなにかやらかしてないか、見張りに行かなきゃ! ご自愛くださいだよー!」
そう告げて瞬く間に消えた祭先輩は、あのカオスな生徒会の良心として、がんばっているなあとしみじみ思う。
――――しかしこのあとも、私の部屋には訪問が絶えなかった。
部活帰りの山鳥くんと森戸さんが、「クラスのみんなが心配していたよ」と、わざわざ授業のノートを届けに来てくれたり。
海鳴さんが、「また今度、部にも遊びにきてね!」と、以前にお邪魔して面識のある演劇部メンバーさんと、スポーツドリンクを差し入れてくれたり。
梅太郎さんの暗示していたことは、こういうことかと……なんだか始終すごく賑やかで、胸がじんわりと暖かくなった。
だって、一度死ぬ前の私が風邪で倒れたところで、お見舞いなんて誰も来てくれなかっただろう。良くて梅太郎さんと、義務ってだけで生徒会の誰かだ。あとはシラタマ?
クラスメイトなんて、私が教室にいなくてもきっと興味ない。復帰したところで、団子三姉妹にズル休みだなんだ、言いがかりつけられて終わりだ。
……それなのに。
「風邪で休んで、ちょっと役得、かも」
いまはみんなが心配して会いに来てくれて、嬉しくないはずがない。もうすっかり心も体も元気になった私は、ベットに腰かけ、来てくれた面々の顔を思い出して口元を緩める。
私はしあわせ者だなあとか、しみじみ思っちゃうよね。
パジャマ姿をさらすことの抵抗は、もう早々に諦めた。いいや、お気に入りのパジャマだし、うん。
どの人の……もちろんポチ太郎も、訪問は嬉しかった。
でもやっぱり、今日はまだ顔を見ていない、あのふたりのことを思い浮かべてしまう。
そうしたらタイミングよく、本日は仕事しまくりのチャイムの音が鳴った。
私は期待を持って立ち上がり、玄関まで行ってドアを開ける。
そこにいたのは、私が会いたかったふたり。
「お姉さま! お体の調子はいかがですかっ? お見舞いの準備をいろいろと整えていたら、来るのが遅くなってしまって……申し訳ありません!」
「休みの間の連絡事項を伝えたり、プリントやらを届けるのはペアの仕事なんだとよ……めんどくせぇ。しかも元気そうじゃねぇか、お前」
なにやら大量の袋を両手に抱えた心実と、こちらは分厚いファイルを片手に不機嫌そうに眉を寄せる樹虎。
揃って来てくれた友人と相方の、相変わらずの様子に、私は「来てくれてありがとう」と笑顔を浮かべた。