お見舞い日和 3
結局、梅太郎さんは私が雑炊を半分以上口にするまで、傍について、退屈しのぎに『お嬢様の破天荒目録』を話して聞かせてくれた。
相性の悪い家庭教師の先生に反抗しまくってたけど、最後は梅太郎さんの機転もあって仲良くなった話とか。サクラサバイバルの名称が生まれた経緯とか。とにかく理事長さんは、お話の中でも自信家でフリーダムだった。
「お嬢様のあの自由な性格は、昔から変わらなくてねぇ」
そう語る梅太郎さんは呆れ気味だったけど、お顔は心なしか誇らしげで……その様子が可愛くてとても和んだ。
なんだかんだ、『自慢のお嬢様』なんだなあと。
おかげでいつの間にか、寂しさなんてどこかに吹き飛んでしまった。
梅太郎さんと穏やかな時間を過ごしたあと。
そろそろと退散しようとする梅太郎さんを、玄関まで見送ろうとしたのだが、それは普通に「無理しちゃダメだよ」とやんわり止められてしまった。
「風邪を治すには安静が一番。ぜんぶ食べ終わってお薬を飲んだら、また寝たほうがいいよ。それに……いま寝ておかないと、放課後はあっという間に来ちゃうだろうしねえ」
「放課後、ですか?」
私は首を傾げた。
放課後の時間になにがあるのだろう。
「お休みしてる三葉ちゃんを心配する人は、僕以外にもいっぱいいるってことだよ」
「え……」
それ以上はなにも口にせず、梅太郎さんは白い顎髭を揺らし、意味ありげに微笑むだけだ。小さく笑って「お大事にねえ」と言い残して、ゆったりした足取りで去っていってしまった。
……そんなちょっとミステリアスな梅太郎さんも、悪くないと思います。
私は残りの雑炊と、芸術品に近い林檎をもったいなくも食べ終え、ついでにポチ太郎からもらったゼリー飲料も飲み干した。
ほどよくお腹が満たされたところで、大人しく薬を飲んで寝直す。
今度は、いい夢が見られる気がした。
●●●
私が微睡みの中で見た夢は、まだ魔法なんてものとも縁のない、もちろん自分が階段から落ちて死ぬなんて予想もしていない、ごく平穏な小学生のときの出来事だった。
黒髪黒目時代のまだ幼い私は、家の玄関で靴を履き替えている。
風邪でかえちゃんが学校を休んだ日。いったん家に帰ったあと、私はこれから、かえちゃんのお見舞いに向かおうとしている。
友人のお見舞いなんて初めてで、なにを持っていけばいいかわからなかった私は、家にあった柔らかめのクッキーの箱を餞別に携えている。これなら食べやすいかなーという単純な選択だ。
そんな私の後ろから、お母さんが声をかける。
「楓ちゃんに、私からも『お大事に』って伝えておいてね。それと、迷惑にならない程度に、ちゃんと見舞ってあげなさい。あの子のご両親、お仕事が忙しくて、早めになかなか帰れない可能性があるもの。いまはまだ、もしかしたらお家にひとりぼっちかもしれないわ」
私とかえちゃんは親同士も仲良しで、家も近いから、お互いの家庭事情も把握し合っている。
世話好きなお母さんの言葉に、私は「うん」と頷いた。
風邪で倒れたことなどない元気っ子の私にはわからないが、きっと風邪をひくと、ひとりがいつもより心細くなるのだ。寂しくなってしまうのだ。
それなら、早く会いに行ってあげなくちゃ。
私は急いでかえちゃんのお家まで走った。脳内では、お部屋でポツンとひとり、苦しげに咳き込みながら寝ているかえちゃんの姿が浮かんでいた。
……でも、玄関から出てきたかえちゃんは思ったより元気そうで、「別にお見舞いなんてよかったのに」と、大人びたため息を吐いていた。
熱なんてほとんど下がっていたらしい。静かに読書に耽けれて、むしろ学校をサボれてラッキーくらいの物言いだった。
私ってむしろ迷惑だった? とちょっと思ったが、かえちゃんは次いで、「でも来てくれてありがとう」と言ってくれた。
そのときの彼女は、少し緩んだホッとしたような顔をしていて。
いつもハキハキしてクールなかえちゃんには、とても珍しい表情だった。
このとき私は、やっぱり風邪のときは、誰かが傍にいてあげないとって、幼心に思ったのだった。
●●●
さて、本日何度めかもわからなくなってきた目覚めとともに、ぼんやりしている私の脳を起こしたのは、軽快なチャイムの音だった。
懐かしい夢から覚めて、私は寝過ぎて一気に鈍った身体を解す。
だいぶ熟睡していたようで、現在の時刻はあっという間に夕方。
梅太郎さんが予告していた放課後タイムだ。
薬が効いてきたおかげか、ずいぶん体調は楽である。熱もちょっと下がって、喉の痛みも頭痛もだいぶひいた。
私はまたもやパジャマを隠すように上着を着て、玄関のドアの向こうの人物を出迎える。
「やっほー! みっつん!」
「祭先輩……?」
現れたのは、生徒会会計の祭先輩だった。
悪ガキである弟のほうじゃなくて、しっかり者な姉のほう。
右サイドに赤いリボンで一房結ばれた、明るい黄色の髪がぴょんっと跳ねる。私より身長が低い小柄な彼女は、どこか幼い仕草で、手を元気いっぱいに挙げて挨拶してきた。
予想通りだった梅太郎さんの訪問と違い、こちらは完全に予想外のお方で、私は面食らった。