お見舞い日和 2
無事に書籍発売しました!ありがとうございます!
更新はもうちょっと続きますー!
中から出てきたのは、パックの飲料ゼリーだった。
『これ一本でお腹をチャージ! ぷるぷる飲むゼリー・はちみつレモン味』と、パッケージにはカラフルな文字で印字されている。袋の中身はこれひとつだけだった。
「もしかして、私にくれるの?」
「わふわふ」
ポチ太郎は肯定するように鳴き、「さあ飲め」と言わんばかりに、たしたしと肉球で私の膝を叩く。
ゼリーはちょうどいい具合にひんやり冷えていて、熱のある身体には触れているだけで気持ちいい。飲む分にも、風邪ひきの私には胃に入れやすそうだ。
でも、でもである。
「いったいどこから持ってきたやつなの……」
いや、大方の予想はつくけど。
私はこの飲料ゼリーのパッケージには見覚えがある。普通に売っているものを見たとかじゃなくて、お昼の時間に化学室にお邪魔すると、草下先生が時折飲んでいたやつだ。
彼は豪華な弁当のときもあれば、こんな携帯食で済ませたりと、生徒の私から見ても食生活が極端である。
エナジードリンクとかゼリー飲料とかを白衣で飲んでいると、こう、研究者っぽいよね、なんとなく。実際に先生は例の研究所の職員時代は、研究詰めでお昼はまともに取っていなかったらしいし。その名残なのかもしれない。
……そんなわけで、いま私の手元にあるものは、十中八九、草下先生の本日のお昼ご飯である。
「勝手に持ち出して、先生に怒られても知らないからね?」
「わふ?」
軽く叱っても、ポチ太郎はどこ吹く風。尻尾を気ままにパタパタと振っている。ただ私も、今回ばかりは強く怒れない。
だってたぶんこれ……ポチ太郎なりの『お見舞い』だ。
たぶん、草下先生あたりから情報を得たのだろう。私が風邪で休んでいるって。
それでご主人さまのお昼ごはんを持ち出して脱走するあたりがさすがだが、なんというかコイツは本当に頭が良くて、行動力が無駄にあって、どこまでも自由で……憎めないヤツである。
先生には悪いが、ここは素直に受けとることにした。
「草下先生には、元気になったら私からお詫びするよ……一応、ありがとうね、ポチ太郎」
礼を述べてわしゃわしゃと頭を撫でれば、ポチ太郎はまた「わふ!」と元気に鳴いた。
それから蓋を開けて、ちょっとずつ冷たいゼリーを喉に流し込んでいると、ピンポーンと部屋のチャイムが鳴る。
私が急な音にビックリしている間に、床に伏せてくつろいでいたポチ太郎は、また魔法を発動させて姿を消していた。
食料が愛犬と一緒に失踪して、頭を抱えているご主人さまのとこに帰還したのだろう。
私はベッド横のサイドテーブルに飲みかけのゼリー飲料を置いて、適当な上着を羽織って玄関に向かう。
もう昼休みは終わっているし、こんな時間に訪ねてくるとしたら……。
「やあ、三葉ちゃん。体の具合はどうだい?」
「梅太郎さん!」
ドアの隙間から顔を出せば、穏やかに微笑む梅太郎さんが立っていた。小さなトートバッグを持ち上げて、彼は朗らかに告げる。
「いきなりごめんね。お薬と、あと雑炊を作ってパックに入れてきたんだ。切り分けた林檎もあるよ。もしよかったら、少しだけ中にお邪魔してもいいかい?」
「い、いいですけど、梅太郎さんが大丈夫ですか? 風邪がうつる可能性も……」
「すぐにお暇するから大丈夫だよ。ふふ、僕の心配までしてくれてありがとうねぇ」
いやいや、お礼を言うべきはこちら側ですからね!
梅太郎さんの気遣いと暖かさに、じんわりする胸を押さえながら、私は彼を部屋に招き入れる。ボサボサの桃色の髪や、しわくちゃのパジャマを慌てて整えていると、「三葉ちゃんは楽にしていていいよ」と言われてしまう。
部屋のお掃除だけは、先週やっておいて良かった……寮監さんに汚れた寮部屋なんて見せられないしね!
「キッチンをちょっと借りるよ」
「あ、はい!」
一言許可を取って、梅太郎さんは台所に。
私はベッドに戻って待つこと数分後。
「はい、ゆっくり食べてねぇ」
梅太郎さんが持ってきてくれた黒いお盆の上には、真ん中に白だしのネギ入り雑炊が置かれていた。パックの中でほかほかの湯気を立てている。
ほんのり漂う良い香りに、ポチ太郎のゼリー飲料のおかげで動き出した胃が、ぐうと大きく鳴った。
お盆にはさらに、ビンの風邪薬とコップに水、小さなお皿に林檎が二切れと、病人に出すには完璧なセットが用意されている。
ついでに林檎がすごかった。
「こっちはウサギで……え、なんですかこれ、白鳥!?」
ひとつは王道のウサギの形の飾り切りだったが、もうひとつはまさかの白鳥。細かく切り込んだパーツを組み合わせ、見事に林檎で羽も頭も再現している。
梅太郎さんが凝り性なのは知っていたが、なんだこのクオリティは。
私が目を真ん丸にして感動していると、梅太郎さんは照れたようにはにかむ。
「風邪ひきさんの看病のときは、林檎アートを作るのが僕の中での約束事というか……昔、お嬢様に頼まれて作ってから、無意識でやっちゃうんだよねぇ」
「お嬢様、えっと、理事長さんですか?」
そうそう、と梅太郎さんは頷く。
なんでも理事長さんは風邪をひくと、いつもの二割増し甘えん坊というか、我が儘になるそうだ。「梅、梅! 暇で仕方がないから、なにか面白いことをして頂戴!」などと、布団の中で無茶ぶりかましてくるのだとか。
その流れで、普通に切って出そうとしていた林檎を、本の見よう見真似で様々な飾り切りにしたらたいそう喜ばれたそうで。
それ以来、梅太郎さんは看病といえば林檎、林檎といえば飾り切りという認識になったらしい。
困ったように話してたけど、梅太郎さんは心なしか楽しそう。
「ちなみにお嬢様も、林檎の飾り切りは挑戦してみてたけど、飽きたら全部焼き林檎にしてたよ」
「そういえば理事長さん、火の属性魔法の使い手でしたね……」
遠い日の賑やかそうなお二人の姿を想い、私は笑ってしまった。
豪華すぎる林檎はデザートに回し、ミニテーブルを引き寄せてパックを持ち上げ、添えられたスプーンで雑炊を掬う。
一口含めば、梅太郎さんみたいな優しい味がした。