お見舞い日和 1
書籍発売記念更新。全五話予定です。地味に前回から続いてます。
昨日の夜、寝る直前くらいから、ちょっと喉がイガイガして頭が痛かった。
一昨日に行った心実のお見舞いで、まさか本当に風邪菌をもらっちゃった? と危惧しながらも、私は「き、気のせいだよね!」とそのままベッドにもぐった。
ヤバそうな気配は薄々感じてたけど、明確に気付いちゃったら負けだと思ったのだ。
――――しかし、朝起きたら案の定。
「38度……マジかあ」
目覚めた瞬間から、体調的にこれはマズイなとは思ってたけど。
辛うじてフラフラと寮監室まで辿り着き、梅太郎さんから借りた体温計で計ってみたら、バッチリ熱があった。しかも微熱じゃなくて、わりと高熱。
元気が取り柄といってもいい私がやられるなんて、無敵魔法少女の心実さんさえもダウンさせた風邪菌を、だいぶ舐めていたようだ。
学校にお休みの連絡を入れて、私は大人しく布団に逆戻り。
応対してくれたのは草下先生で、「ゆっくり休みなさい」と言ってもらえた。遠い昔の険悪時代なら、「自己管理がなってないな」とか鼻で笑われかねないところ、本当に和解して良かった。
お言葉に甘えて、無理せず休養することにする。
一度は着替えた制服も、いまはクローバー柄の緑のパジャマにチェンジだ。夏はTシャツ短パンで寝る私だけど、冬が近づくこの季節は、実家から持ってきた愛用の長袖パジャマを着用である。
本当はなにかを食べて、薬を飲んでから二度寝した方がいいのだろうけど。
薬は再び寮監室に取りに行く必要があるし、料理をする気力はない。今日は購買でパンでも買おうと思っていたから、学校に持っていく予定だったお弁当とかも手元にないんだよね。例えあっても、弁当ひとつ食べるのは、食欲がなくてたぶんツライし。
もう一度起きたらちょっと回復していることを祈って、私は布団の中で目を閉じた。
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瞼を開けたら、すっかり熱がひいていましたー……なんて都合のいいことはなく、むしろダルさが増した気がする。
喉が渇いたので、私はなんとか起き上がって、キッチンの方へ水を飲みに行った。
時計を確認したら、いつの間にかお昼時。空腹は感じるけど、食欲はやっぱりそんなにないな。
学校では、ちょうど午前の授業が終わった頃くらいかな。
「……ふぅ」
冷蔵庫から取り出した、ペットボトルの冷たい水を飲み、いったん息をつく。
ボトルを元の位置に戻せば、目につくのは手の甲のカウントダウン。
……冬が近づき、いよいよ余命の終わりが迫っているというのに、まさかこんなふうに一日を無駄にすることになるなんて。
いままでほとんど無病息災だったのに、一度死んでから高熱に冒されるというのもおかしな話だ。ここまでの熱を出すなんて、高校入学の時以来ではないだろうか。
気怠い身体を引き摺って寝室に戻れば、シンとした静けさがやけに胸に来る。
最近はずっと賑やかな日々を送っていたから、身体が弱っているせいも相俟って、ひとりきりの空間が無性に寂しい。
風邪をひくと人恋しくなる、という逸話は本当だったようだ。
私はベッドに腰掛けたまま、学校でいつもどおりの生活を送っているだろう、親しい面々のことを考えてみる。
心実は今ごろ、お昼ご飯でも食べているかな。文化祭の準備期間くらいから、クラスにだいぶ馴染んだみたいだし、私がいなくてもきっと一人ではないはず。
「私のせいでお姉さまが風邪を……!」とか思っていないといいけど。心実の部屋でつい長居しちゃった私が悪いからね。
あ、山鳥君たちに誘われていた、来年の文化祭のバンドへの参加のお返事、保留にしてあるけど「やっぱり無理です」って明日断らなきゃ。明日には風邪が治っていたら、だけど。歌も楽器も私にはできる自信がまったくないからね……。
樹虎は授業に今日はちゃんと参加しているのかな。前よりは出席率は大幅に上昇したけど、まだまだ隙あらばサボるから、たまにお説教しなきゃ。鬱陶しがられてもめげないことが肝心。私はペアとして彼の単位を守らねば。
それに、そう。草下先生はまたポチ太郎を逃がしてないよね? 今日は捜索の手伝い要因がひとり、ここでへばっているし。もうお約束とはいえ、逃げたら捜さないわけにはいかない。
そもそもポチ太郎は……。
「わふ!」
「……へ?」
ぼんやりとした頭で思考に耽っていたら、耳に響いたのは間抜けな鳴き声。
驚いて視線を声のしたほうに下げると、床の上にちょこんとお座りする、ピンクのもふっとした毛玉が目に飛び込む。
丸々とした身体に、私と同じ配色の毛と瞳。
――――ちょうど考えていたところだった、自由奔放な魔法犬がそこにいた。
「ポチ太郎……また転移魔法でここまで来たの?」
「わふ!」
シュタッと短い前足が挙げられる。いい返事である。
この魔法が達者な犬にかかれば、プライバシーなんて欠片も守れないよね!
「心配した矢先から……首輪も相変わらずないし。というか先生、近頃は諦めてほぼほぼ黙認していないか……? それとも先生が新しい対策を打ち出しても、すべてコイツに看破されているのかな……」
ブツブツと呟きながら、私はベッドから腰を上げて、ポチ太郎の前にしゃがみ込み。こてん、と首を傾げる様は見ていて気が抜ける。
だがこうして、下手したらそこらの人間より賢い彼が脱走して私のところに来るときは、一応それなりに理由がある。
その理由の重要度はまちまちだけどね。
今回のポチ太郎は、小さいビニールの袋を咥えていた。
「またなにを持ってきたの?」
鳴き声が心なしかくぐもっていたのはこれのせいだ。
ぐいぐいと体当たりで押し付けられて、私は仕方がなく袋を受け取る。ポチ太郎が運べるくらいなので、そんなに重くはない。
中身を確認して、私はパチパチと瞬きする。
「これは……?」