ネーミングは大切です
書籍版発売記念! ということで、今日から連続更新します!
予定では、心実と三葉の話⇒生徒会の話⇒樹虎と三葉の話⇒オールキャラ(全五話くらい)でお送りしていきます。ついでに登場人物紹介ページも用意中です。
少しでも楽しんでもらえたら幸いです。
空が茜色に染まる放課後。
秋も中頃を過ぎると、取り巻く空気は冬の準備をはじめている。
私はスクールバッグを肩に担いで、下駄箱で靴を履き替え、学校を出て寮へと続く道をのんびりと歩いていた。
「そこでですね、クローバーヌお姉さまが助けに入るわけなのです! 主人公のピンチを察し、危険を省みず乗り込んでいくあのシーンは、作中屈指の名シーンなのですよ!」
「へえ」
ちなみに隣には心実もいる。
好きな本(お馴染み、心実愛読の『白百合女学園下剋上物語~金の乙女と桃色の乙女~』だ)について語る彼女は、大きな紫の瞳をキラキラさせて活力に満ち溢れている。
私は適度に相槌を打ちながらの聞き専だが、こうして友達と他愛のない会話に興じながら歩く帰り道はやはり楽しい。かつては夕焼けの中、一人で寂しげに揺れていた影を思い出すとしみじみそう感じる。
「ここに樹虎もいれば完璧だったんだけどなあ」
「……二木さん?」
つい無意識に出てしまった私の呟きを、耳聡く拾った心実の目がスッと細まる。
美少女の真顔こわい。これは完全に私の失言だ。
「あ、いや、心実との二人の帰り道に不満があるとか、そんなわけでは一切ないんだよ! ただほら、最近は樹虎がより素直になって、三人でいることが増えたから、いないとちょっと寂しいなーって!」
11月の終わり頃に予定している今期最後の魔法模擬試合に向けて、私達は例によって例のごとく、心実と樹虎、私の三人で訓練棟にて魔法の特訓をしている。
ただ本日は心実が図書委員の仕事があり、『たまには休息も必要』ということで三人とも特訓はお休み。樹虎は授業が終わったらさっさと教室を出て行ってしまった。
最近は、樹虎の授業の出席率が大幅に上昇し、クラスメイトとの交流もちょこちょことだが見られるようになって、たいへん結構なことである。
世話焼きな山鳥くんなんか、積極的に樹虎に話しかけてるし。「お友だちできた?」と樹虎に聞いたら、凍えるような目で睨まれたけど。
「心実もさ、樹虎がいないならいないで、ちょっと寂しくない?」
「いえ、私はお姉さまがいれば満足です」
「ぶ、ぶれないね、心実」
こうして二人で帰っているのは、私が心実の仕事が終わるまで、図書室でテスト勉強をしていた故だ。
ただこの帰り道も、特訓がある日は樹虎も私の横にいるので、私としては少し足りない感じがする。
「いなくてもお姉さまの中に根を張る二木さん……やはり敵です」
愛らしいお顔に、仄暗い闇を纏わせる心実さん。
樹虎と心実の謎の小競り合いは、在りし日のサクラサバイバルより苛烈さを増している気がしますね。
「それに少々小耳に挟んだのですが、お姉さまと二木さんは『足し算ペア』という愛称で、クラスメイトの方々から呼ばれているとか……」
「あー……それね」
私の『三』葉と、樹虎の名字の『二』木で、足すと五になる。毎回魔法模擬試合でのランキングが五位なので、クラスのみんなから賜ったコンビ名である。
考えたのはたぶん海鳴さんあたりだ。これを耳に入れた際の、樹虎の「ああん?」っていう不機嫌マックスな表情が忘れられない。照れ隠しと称するには凶悪過ぎた。
「愛称っていうほどのものでもない気がするけど……それがどうしたの?」
「……ズルいのです」
「え?」
「二木さんだけ、お姉さまとそんな仲良しそうなペア名で呼ばれるのがズルいのです!」
茜空に、カラスの鳴き声と交じって心実の魂の叫びが反響する。
「二木さんはお姉さまのペア……それは周知の事実です。非常に、ええ、非常に悔しいことですが、それはもう覆し難い現実……」
「こ、心実さん?」
「ですが! お姉さまの一番のお友達ポジションは私なのです! なにか私とお姉さまにも、仲良しな感じが伝わるユニット名が欲しいです!」
ユニット名って、アイドルじゃあるまいし。
しかしそんなツッコミも、いまのよくわからない闘志を燃やしている心実には届かなさそうだ。
というか、こういうのは第三者が呼び出すもので、自分たちで名乗るのもなんか違う気がするけど。ものは試しに、そろそろ寮の建物が見えてきたが、私は歩く速度を緩めてちょっと思考してみる。
コンビ名、グループ名というのは総じて、だいたいはお互いの特徴を入れ合ったり、共通点などから付けられることが多いと思う。私と心実なら例えば、『美少女と雑草』、『天才魔法少女と落ちこぼれ』、『女子力モンスターと女子力皆無』……なんだこれ悲しくなってきた。
「ぶ、無難に名前から取ってみる? 心実と三葉だから、えっと、『ここみつ』とか」
「! それはお可愛いらしいのです!」
苦し紛れに提案してみれば、心実は整った顔を嬉しそうに綻ばせる。「ここみつ、ここみつ、素敵なのです」と繰り返して、どうも気に入ってくれたようでホッとする。
あまり使われなさそうなネーミングだが、こういうのは考えるのが楽しいからいいのだ。
ついでだから、私と心実、樹虎を入れた三人での通称も考えてみようかなと思ったが、こちらは名前で合わせるのが難しい。特徴を挙げてみても、天才魔法少女と落ちこぼれに不良を加える……いまさらだけど、私たちって周囲から変な組み合わせだと思われているんじゃないだろうか。
そもそも私はネーミングセンスというものがあまりない。
サクラサバイバルの名付け親である、理事長さんよりは幾分かマシだろうけど。梅太郎さんなら「お嬢様のほうが遥かにセンスがないから大丈夫だよ」とか、やんわり微笑みながらサラッと酷いこと言いそう。
いつも誰にでも優しい仏な梅太郎さんは、理事長さんにだけはちょっと遠慮が無い。
「ここみつ、とっても素敵です。ありがとうございます、お姉さま!」
「いやいや、適当に考えただけだけどね」
まあ、心実が嬉しそうならなによりだ。
基本的にこの年下の友達に弱い私は、夕暮れの中に小さな笑みを残して、またのんびりと帰路へと着いた。