『笑い桜、泣き桜』 先立たれ残された者は……。大鳥圭介&土方歳三。
土方ははるか遠くの桜に幻を重ねた。
いつかあの薄紅色に追い付いてしまうのだろうか。今まで何人あの色に染まったことだろうか。
今は試衛館時代の者は自分以外、誰一人として見当たらない。
「勝っちゃん。俺は何故桜になれないんだ」
「土方くん。どうしたんだ」
「……いや、別に」
雪がほぼ全て溶けた頃、窓から山を臨んでいた土方に、一人の男が声をかけた。ずいぶん優男な風がある。
「雪、さすがに溶けるの遅いな」
隣で外を見て微笑むこの男は一体明日の自分をどう考えているのだろうか。土方は無表情を崩さずに、また外に目を向け、春の訪れに身を委ねる。自分が好きな季節のはずだが、何故か今年の春は痛い。
「何を考えているんだい?」
「……あなたにはきっとわかりませんよ。大鳥さん」
優男──大鳥圭介に土方は目も向けずに風を肌で感じる。
(痛いな……)
風が痛い。一年前はこんなはずではなかったのに。
隣の男は相も変わらず口元に笑みを含んでいる。こいつには嫌味さえも抜けていくのか。
「大鳥さん。あなたはどう思う」
「何を?」
「死ぬことを」
大鳥は土方の方を向いた。土方は目だけを少し大鳥に向けている。
「死ぬこと?」
「そうです。何故笑っていられるかお聞きしたい」
土方の言葉に大鳥は目を細め、窓辺から離れる。靴の音が自分と距離をとって止まった。
「意外だな、土方君でもあろう人がそんなことを言うなんて」
「……常にそのことばかりですよ」
数年前。この時期より少し前、山南は切腹をした。
このくらいの寒さの秋には平助を、冬に鳥羽伏見では源さんを。それからこれから来る春に近藤さんと総司を。
「中途半端な時期なんです。嫌でも考えてしまう」
だから。
あなたにはわからない。この痛さは。
「安心した」
「……」
「君はやはり人間なんだね」
質問に対する答えを言わずに、大鳥はまた笑った。さすがにそれに怪訝そうに土方は振り返り、目だけで強く何かを尋ねる。
「あなたは人間なんだと、常々感じることができて嬉しい」
「……常々?」
「野村君……彼が亡くなったと聞いたとき、君は涙も流さない人間だった。正直あれには驚かされたよ」
「……」
「でもあれは表だけの君だと知ったときも正直驚いた」
その台詞を聞いて、土方は微かに動揺を見せる。アレを、見られていたのか。
「尋ねるが、なぜあなたは人前で泣かない?」
「……性分です」
そう答えつつも土方は大鳥から目を反らす。
違う。泣かないのは弱い自分を見られたくないから。弱さを打ち明けられるほどの友がもういないから。
そんな土方を見ながら大鳥は少しだけ土方に近づいた。
「先程の君の問いだが、私が笑っていられるのには理由があるんだ」
「……」
「誰かが死んだときに……泣くから」
大鳥は笑う。それから彼は続けた。死ぬことは恐い、だがそれ以上に死なれるのはもっと恐い、と。
「人間には必ず死があり、逃れることはできない。それをどれだけ楽に受け止めるかと考えたら、私は笑って生きて、泣いて見送ることだと感じたんだ」
きっと、土方の目の前にいる男は予想している。いつになく笑う彼は、多分もうすぐ起こる悲しみの為に蓄えているのかもしれない。
「あなたは強いんですね」
土方は目を細めた。
「多分俺には真似できない」
大鳥は笑うのをやめ顔を上げて、むつかしそうに苦笑する土方を見た。
泣くことができない鬼の副長と呼ばれた彼は、心苦しそうに口端を上げている。
大鳥は唇を結び、土方との差を縮めた。
「私は強くないよ」
「でもあなたは泣ける」
「土方君だって……誰にだってできる」
大鳥はゆっくりと手を伸ばし、土方の頭を自分の肩へと引き寄せる。
「君がたまに『桜になりたい』と言うと、私は笑うことができなくなる」
「桜……」
「君は笑わなければいけない……桜になった人達のためにも」
――なぜ、あなたが泣くんだ?
「今泣いて……そしたら笑って。君はそうしなきゃいけない」
「……命令ですか」
「そうだ」
いつか。また笑える日が来るのだろうか。泣き合える日が来るのだろうか。勝ちゃんや総司たちと一緒に過ごした日々のように。
「顔を、見ないと約束してください」
――今だけ、自分を許そう。今だけは……。
「大鳥さん……」
熱いものが一雫流れ落ちた。これは、いつか別れるこの人のためのモノ。
みんなの分は桜になってから───
「大鳥先生っ」
「どうした、そんなに慌てて」
「土方さんが……っ」
桜が咲く。
去年より少しだけ赤く染まった桜が。
END
痛いですね。すみません。
この原点は漫画「北走新選組」です。
私の大鳥さんのイメージは完全にその漫画ですね。
恥ずかしいことに自分で書きながらちょっとうるってしてました。
二人の仲はこんぐらいが結構私の中ではベストです。口に出さないだけで。
(当時高二の作品)