『猫』 最期の日。沖田と猫。
「子猫がね、いるんですよ」
沖田はふとそんなことを口にした。植木屋のおじさんは頭を傾げなんのことかと尋ねる。
「今はいないんですが、ちょうど、ほら。今あなたがいる辺りにいつも座っているんです」
目を細める沖田に、植木屋は小さく笑みを浮かべ、また草木を切り始める。じゃきじゃきと、音が鳴るごとに地には葉っぱや枝が落ちていく。そして一通り切り終わると、箒で軽く掃いてからどこへいった。
そんな様子をじっと見つめていた沖田の肌は、女子よりも白く、まるで色素がないような、雪のような色。労咳特有の末期現象。
沖田は息を吸うと、むせるようにして数回咳込んだ。
手に残る赤は、人を斬るときとはまた別の赤さで、見慣れたそれにはもう何も思わない。
「あ」
顔を上げると、いた。
黒い子猫。いつも座ってじっとこっちを見つめている。
不意に沖田は立ち上がり、枕元に置いてあった刀に手を伸ばすとそのままゆっくりと縁側まで歩いていく。
「逃げないと、斬る」
沖田は刀を構えた。
しかし一向に黒猫は動かずに沖田の顔を凝視し続けている。
彼は目を細めた。何故……。
少しして、沖田が崩れるようにして縁側に座り込んだ。
それからまた幾つか咳込むと、刀を手放して、顔を膝の間に埋める。やせ細った体はもう立っている気力さえほとんどない。
「もうダメみたいだね、私は」
刀を持っても何も感じなくなった。闘志も殺気も、以前はそれさえ手にすれば勝手に沸き上がってきたのに、今は柄を手にするのもおっくうでならない。
黒猫が一歩一歩近づいてきた。
ぴょんと縁側に飛び乗ると、沖田の足の下に入り込んでゴロゴロと喉を鳴らす。
「猫、お前だけは最期を見ていてくれるのかな」
猫を足下から掴み出すと、抱き上げてその喉を撫でてやる。子猫は気持ちよさそうに目を細める。
「土方さんを置いていくのが気がかりなんだけど、大丈夫かな。なぁ、お前はどう思う」
沖田の問いに答えずに猫はただゴロゴロと喉を鳴らし続けた。
沖田は刀と猫を手に再び寝床につくと、ゆっくりと目をつむる。動物の温かさが心地よい。
「土方さんさぁ、面白いくらい嘘が苦手なんだよ……」
頭がぼんやりとする中で沖田はゆっくりと言葉を綴る。
「近藤先生は、もうついてるのかな」
沖田は刀と猫を胸に収め深く息を吐く。そしてさいごにぽつりと言葉を呟いた。
「行けるかなぁ……みんながいるとこ」
猫はすやすやと寝入った。
動かないぬくもりの中で。
END
沖田って普段はですます口調だけど一人の時はさすがに違うよなぁ、と思いながら書いたので、一部ですます口調じゃない沖田です。
史実にあったらしい説をテーマに、話は展開してます。
(当時高二の作品)