ユウコとボクと旅立ち
「今日は夕方から雨かぁ」
玄関のボクのところまでユウコの声が聞こえた。
ユウコはいつも朝ごはんを食べながら携帯で天気予報をチェックしていた。
(よし、今日こそボクの出番だな)
ボクは外に出れると思うと嬉しくて、すぐにでも傘立てから飛び出したくなった。
ユウコがボクを買ってから、まだ一度もボクの出番が無かったのだ。
ボクは嬉しくて、早くユウコの支度が終わらないかなぁと、ワクワクしながらユウコの様子を伺った。
ユウコは世話しなくパタパタと動いていた。
朝ごはんを食べ終えたのか、食器を食洗機に入れたらしく、電気の唸る音がボクのところまで微かに届いた。
次は洗面台に向かったようで、水の流れる音が聞こえてきた。
そのあとにブォーっという、やや大きな音が聞こえてきた。
どうやら髪をセットしているようだ。
(この音がしたら、もうすぐ出発だな)
いよいよ外に出られると思うと、期待のワクワクに緊張と不安のドキドキが重なった。
「あ……風は強いのかな?」
ユウコの呟く言葉にボクはギクリとした。
まだボクが他の傘たちと一緒に居てた頃、ボクらの前を通りすぎる人達が、風の強い日は傘が差せないと言っていたことを思い出した。
(今日も出掛けられないかもなあ)
先程まで昂っていた気持ちが、急降下をして、ボクは先が地面に埋まったかも知れないと思うほど落ち込んだ。
玄関から見える窓の外は、マットなグレーで塗りつぶさせたかのように、今のボクの気持ちとリンクしてるみたいに、重い雨雲が空を覆っていた。
タタタっと軽やかな足音が近づいてきた。
鞄を手に持ったユウコが玄関にやって来た。
玄関前で靴を履く前に、ユウコはいつも通りにピンクの枠の全身ミラーの前で服装や髪型をチェックしていた。
そしてユウコはボクを見向きもせず、玄関の戸を開けた。
開けた戸から重く湿った風が吹き込んできた。
風はやや強いようだ。
(今日も留守番か……)
ボクは外の世界への意識をシャットアウトした。
するとユウコがくるりと向きを変え、ボクを手に取った。
戸が開けられ、ボクは外に出た。
ボクの体全部が、外のずっしり重い空気を受け止める。
ところが湿った空気は、強い風で一気に世界を舞いだした。
(風、気持ちいい)
ユウコに揺らされながら風が吹くグレーの町を、ボクはこれから一体どんな景色に出会うのだろうと、初めての旅にワクワクしながら駅に向かった。