タケルとスマホとボク
ボクはタケルに連れられて電車を降りた。
タケルは電車を降りると、ボクの貼り紙を剥がしてしまった。
「さすがに持つには邪魔だしな」
言いながら、タケルはボクを手首にかけ、ボクの貼り紙を丁寧に小さく畳んで、スマホが入っているポケットに入れた。
(ボクはどうなるんだろう)
ボクは怖くて仕方がなかった。
小さな傘は、こうして最初の持ち主とは違う誰かに連れていかれたのだろうか。
大切な貼り紙も無くなってしまった。
ボクはリョウスケが書いてくれたあの貼り紙が、まるでボクの全てみたい思っていたのかもしれない。
ユウコ以外の人に連れ出された不安に、貼り紙が無くなった不安が上乗せされ、ボクは途方もない不安の渦に呑み込まれるのではないかと思った。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですってば」
電車の中で聞いた、ゆっくりした声が再び聞こえてきた。
どうやら声の主はタケルの持ち物のようだ。
「誰?」
ボクは思いきって声をかけてみた。
「私はタケルのスマホですよ」
その声に、ボクはボクの貼り紙が入ったポケットを見上げた。
「私の主人が私を使って貴方を見つけたんですよ」
ボクは頭の中に?がたくさん浮かんでいた。
タケルのスマホが言ってる事がまるで分からなかったからだ。
「貴方、今、有名傘なんですよ」
スマホの声がゆったり楽しそうに言った。
だけどボクは状況が分からず、ちっとも楽しくなかった。
「どういう意味ですか」
ボクは少し刺々しい物言いで尋ねた。
「貴方、気付かなかったんですね。自身の写真を撮られたことに」
「えっ?」
ボクはスマホの言葉が瞬時に理解出来なかった。
(写真を撮られた?)
ボクにはそんな記憶は無かった。
「貴方の全体の写真と、持ち手に貼られた紙のアップの写真。インターネットで随分話題になってるんですよ」
ボクの不安はいつしか、頭の大量の?に押され、すっかり小さくなっていた。
「最近はほら、不特定多数の人に発信するツールが発展してるから」
ほらとか、からと言われても、ボクにはスマホの言ってる世界の事はまるで分からなかった。
「すみませんが、ボクにはあなたの言ってる事が全然分からないです」
ボクは少し苛立ちながら言った。
「そうだよね。傘じゃデジタルの世界は分からないよね」
ボクはかなりイライラしてきていた。
「要はね、私の主人が貴方を、貴方の主人のところに連れてっているんですよ」
ボクは一瞬固まってしまった。
(今、なんて……)
「私の主人、貴方の主人と親しいんですよ。貴方の主人の持ち物とはいくつかお会いしてますが、貴方に会うのは初めてですね」
スマホが饒舌に話していたが、ボクの頭には入ってこなかった。
(このスマホ、なんて言った?)
ボクの頭は状況に付いていけてなかった。
「以前の傘は運が悪かったですよね、なんせ……。あの、赤い傘さん?おーいっ」
ゆったりした声が大声でボクに声をかけてきた。
「あ、……はい」
ボクはなんとか返事をした。
スマホが笑いだした。
「貴方、聞いてなかったようですね。まあ良いですよ、そろそろ着きますし」